今回は、このネオページで、ご活躍中の菊池まりな先生から寄せられた体験談をご紹介いたします。
菊池先生は、昔から霊感が強い方との事です。〝見える〟だけでなく、〝聞こえる〟ので、ご自身でも(厄介だな)と思っていると教えてくれました。
これは、菊池先生がアパートで独り暮らしをしていた時の話です。
その日、彼女はいつもより帰りが遅くなりました。バイト終わりにコンビニへ寄り、夕食代わりの菓子パンとペットボトルのお茶を買ってアパートへ戻りました。掴んだ玄関のドアノブはぬるりと湿っており、空気がどこか重い。
その時は(夏特有の湿気だろう)と、思ったそうです。
部屋の中は蒸し風呂のようでした。エアコンは、つけても生ぬるい風を吐くだけで、全く冷えません。
(壊れたのかな?)
そう思いながら扇風機を回すと、今度はその羽音がやけに耳につきました。
「あれ?」と彼女は小さく呟きました。
音が妙にくぐもって聞こえるのです。まるで、誰かが遠くで何かを囁いている声に被さっているような、不自然な反響がありました。
しかし、それが本当に聞こえたのか、風のせいなのか、自分の耳が疲れているだけなのか、すぐには分からなかったそうです。
その違和感から逃れたくて僅かに窓を開けました。
網戸越しに、遠くの道路を走る車の乾いたタイヤ音と、かすかな風の通り抜ける音。それを聞いて、ようやく(ああ、自分は日常の中にいる)と確認するような気持ちになりました。
深夜、気温が少しだけ下がってきました。時計は午前4時過ぎを指していた……その時でした。
ふと目を覚ました瞬間、体がびくとも動かないことに気づいたのです。
指先も瞼も、まるで重石を乗せられたように硬直している。(金縛りだ)と気づいた瞬間、背筋が冷えたそうです。
〝じゃりっ〟〝じゃりっ〟
彼女の耳に〝複数の足音〟が入ってきました。
最初は、アパートの廊下を誰かが通っているのだと思いました。
しかし、その音は玄関をすり抜け、部屋の中へと入ってきたのです。
不意に誰かの〝息〟が首筋に触れる感覚。玄関の鍵は閉めたはずなのに、室内に〝大勢の何者〟かがいる気配がしました。
やがて、彼女の布団のすぐ側を、何体もの〝霊〟が通過していきました。
話し声、くすくすと笑う声、怒鳴るような叫び声、幼い子供の囁き声……。
何十もの声が、空気の中をさまよっていました。菊池先生は目を開けることが出来ませんでしたが、その気配だけは確かに分かりました。
同時に、腐葉土のような湿った匂いが漂い、部屋の空気が変質していくのを感じたといいます。
……側を通る霊の中の一人が、彼女の布団の上に乗ってきました。
わずかに沈む重み、明確な実体があるようにも感じました。彼女は〝その霊に〟自分の顔を覗き込まれているような感覚を覚えたそうです。
やがて、騒めきが引き潮のように遠ざかっていきました。菊池先生が少しだけ安堵した瞬間、左足首を〝何か〟がぎゅっと掴んだのです!!
それは、異様に冷たい冷たい人の手でした。
菊池先生は金縛りが解けた瞬間、右足を全力で振り上げ、その〝何者か〟を蹴りつけました。
何度も、何度も、骨のような固さを感じながら。
そうやって、勢いをつけて蹴り続けていたら、やっと〝何者か〟が掴んでいた彼女の左足首を離しました。
その直後、確かに〝聞こえました〟。それは女の声のようでいて、どこか子どものようにも聞こえる、不自然にひしゃげた〝何者か〟の声でした。
「いやだぁぁぁぁぁあ……いきたくない……!!」
何者かの悲鳴は、耳の奥に引っ搔くような響きで突き刺さりました。そして、その声は部屋の空気をも震わせたような気すらしたそうです。
同時に確かに〝見えました〟!
長い髪が濡れた藻のように垂れ下がり、肌は血の気を失った粘土細工のような灰色をしていた〝何者か〟すなわち〝左足首を掴んでた霊の顔〟を!
菊池先生は、今でもその顔をはっきりと思い出せるといいます。
室内から霊が去った後、彼女は自分の左足首を見て、言葉を失いました。
何故ならば、人の指の形にそっくりな痣が、紫色に浮き上がっていたからです!
当時、彼女は昼と夜に掛け持ちのバイトをしていて、制服の下にはスキンベージュのストッキングを着用しておりました。そのため、職場で足首の痣が目立ってしまい、自然と話題になったそうです。
同じ職場には、霊感の強い主任とパートの女性がいましたが、菊池先生の痣を見ると2人とも顔色が変わったそうです。
そして、菊池先生の話を聞いた主任は、こう言いました。
「私も、金縛りになって動けなくなった時間があったの」
驚くべき事に、全員が同じ時刻に金縛りに遭っていた事が判明しました。
その日の夕方。菊池先生が帰宅しポストを確認すると、無記名の封筒がありました。
部屋番号だけが記されており、中には赤いインクで書かれた「うるさい」というメモが一枚、無造作に折られて入っていました。
同じタイミングで、彼女のお父様がたまたま様子を見に訪れていたそうです。
お父様にメモを見せると、彼は言葉少なに、それをポケットにしまいました。
異変はそれだけでは終わりませんでした。
部屋中の家電製品に異常が発生したのです。
直前まで動いていた扇風機が停止したり、インターフォンが鳴らなくなったり、キッチンの蛍光灯も点かなくなり、固定電話も故障してしまうなど、次々と壊れてしまいました。
まるで、〝何か〟がそこにいることを示すかのように。
ついには、彼女自身がパタンと倒れ、起き上がることもできない状態が約2週間続きました。
実家が近かったのは、不幸中の幸いでした。
お父様が車で迎えに来てくれ、菊池先生は実家で療養することになりました。
ご両親の手厚い看護によって、彼女は、ようやく〝安心出来る現実〟へと戻る事が出来ました。
後に調べたところ、自分が暮らしていたアパートは、神社、火葬場、寺院の直線距離上に建っていた事が分かったそうです。
地図上で線を引いてみると、アパートのある位置がちょうど三か所を貫く〝通り道〟の真上に当たっていました。
それは、まさに〝霊道〟と呼ばれるものの特徴に合致しておりました。
霊道とは、霊的な存在がこの世とあの世を行き来するために通る〝道〟のようなものです。
特に、神社や寺、火葬場といった〝死〟や〝浄化〟に関わる場所が一直線に並んだ地形では、そうした存在が通過しやすいと言われております。
そして、その道筋の上に住居や施設が建てられると、時に説明のつかない奇怪な現象が起きたりするとも言われているのです。
彼女が遭遇した数々の怪奇現象は、アパートが霊道上にあった影響だったかもしれません。
ちなみに、菊池先生が住んでいた件のアパートは、今ではもう存在しません。
あの夜、足元で叫んでいた霊は、なぜ「行きたくない」と叫んでいたのか?
その霊は、この世に強い未練があって、あの世に行きたくなかったのでしょうか?
それは今でも、誰にも分かりません⋯⋯。
菊池まりな先生からは、他にも体験談を寄せて頂きましたが、それは別の機会にご紹介いたします。
※追記
今回の話は7月9日の深夜0時に公開するよう予約設定してました。
ちゃんと予約出来てるのも確認しました。
しかし、予定時間後に何気なくチェックしたら、何故か予約が勝手に解除されてました。そのため、7月9日の深夜0時38分という遅れた時間の公開となってしまいました。
どうして、予約が勝手に解除されてたのでしょうか???
【作品紹介】
この場を借りて、今回の体験談を寄せてくれた菊池まりな先生の作品をご紹介いたします。
皆様、是非ともお読みください!
作品名:田舎のお婆ちゃんから聞いた言い伝え
掲載ジャンル:ホラー/ホラーコレクション
あらすじ:田舎のお婆ちゃんから古い言い伝えを聞いたことがあるだろうか?その中から厳選してお届けしたい。