義兄と呉葉、銘座は同じ両親から生まれた三兄弟だ。
ただ義父の愛人の連れ子であるさやかとの関係は三人それぞれに違っていて、さやかに甘々の義兄と、ほとんど話すこともなかった銘座は、さやかにとってまったく別の存在だ。
呉葉は少し苦労の滲んだ笑みを浮かべて、さやかをそっとたしなめる。
「さやか、「兄さん」はいいです。僕らの若頭は一人です。兄さんも、一人でいいんですよ。……僕は銘座のように、兄さんの怒りを買いたくはありませんから」
「あ……」
さやかは話す前に今回の一件を呉葉に知られていることに気づいて、うつむきながら問う。
「……くれは。お兄ちゃんは銘座に、罰を与えたの? ひどいこと……した?」
「兄さんからさやかを怖がらせるような情報は聞かせるなと言われています。まして今回は銘座の自業自得ですし」
呉葉は困ったように口の端を下げながら、言葉を付け加える。
「ただ、僕なりに弟は大事ですから。兄さんが一線を越えるような罰を言いつけたら止めますし、父さんにも指示を仰ぎますよ」
義兄と銘座に挟まれた呉葉は、三兄弟の良心的存在だった。過酷な闇金融を生業にする家庭に生まれながら、穏やかで気が優しく、愛人の子のさやかにも普通の妹に対するように接してくれた。
そんな呉葉のことを、義父は「うちの家業に向かない」と言いながら可愛がってもいて、一番普通の父子関係でいるように見える。
「銘座はひとまず無事ですよ」
さやかは呉葉の言葉を聞いて、胸を撫でおろしながらつぶやく。
「くれはがいてくれてよかった……ありがとう」
さやかはようやく安心することができて頭を下げる。呉葉は眉を上げて言う。
「さやかが銘座を庇うとは意外でした。昔から銘座を怖がっていたでしょう?」
「そうだけど……でも、きょうだいだと思ってるもの。めいざも、くれはも」
「兄さんは特別だけれど?」
呉葉がいたずらっぽく問うと、さやかはかぁと赤くなってたどたどしく答える。
「だって……お兄ちゃんはこんな私にもいっぱい優しくしてくれて、守ってくれたの。私はきっとお兄ちゃんがいなかったら、生きてもいられなかったと思う……」
呉葉は苦笑して、自分も照れたように頬をかいた。
呉葉はふと思い返すように目を細めてつぶやく。
「あなたのお母様も、同じことを父さんに対して言っていましたね」
「え?」
さやかが問い返すと、呉葉は憂えるように目を伏せて言う。
「自由を奪った相手でもあるのにね。あなたのように外に連れ出すこともほとんどせず、別邸に閉じ込めて自分との関係だけ強いる。……どうなんでしょう。父さんと兄さんの仲が悪いのは、同類嫌悪のような気がしますけどね」
呉葉は言葉に詰まったさやかに、優しく笑って言う。
「ごめんなさい。挟まれ役の愚痴だと思ってください。……あなたは自分を失ってはいない。今のままで、兄さんと仲良く過ごしてくれることを祈ってますよ」
それから二人でいくつか他愛ない話をして、まもなくさやかが帰る時間になった。
呉葉はさやかにお菓子を持たせて、玄関まで見送りに出て言う。
「さやか。最近父さんには会ってますか?」
「ううん。忙しい……みたい」
さやかの言葉に呉葉は思案顔になって、彼らしい心配をこめて続けた。
「あなたのお母様の調子が芳しくないのかもしれません。……今となってはあなたしか会えませんから、よく気に掛けてあげてください」
さやかはうなずいて、誓いのように答える。
「……うん。わかった」
さやかは気づいていながら心に秘めていることがある。……呉葉はたぶん、さやかの母を淡く想っている。
呉葉はひらりと手を振ってさやかに言う。
「では、ね。あなたも体に気を付けて」
その手を振る優雅な仕草は義兄に似ている。さやかも同じ仕草で手を振り返した。