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47 若頭と小鳥の取引

 客人の珈涼は、ある組の若頭の婚約者なのだそうだ。

 ところがその若頭が行方不明で、手を尽くして探しているのだと言う。

 それらの事情を話してくれたのは、珈涼と共に席についた側近で、黒服で身を固めた若い女性だった。迫力のある美人で、内気そうな珈涼に代わって堂々と話を始めた。

「ボスはおそらく対立組織の虎林組に捕まっているんです。そうでなければ、これほど手がかりがみつからないなどありえない」

「そうだろうね。君たちのボスの名は知れ渡っているし、頭の切れる部下を大勢持っている。……君みたいにね、ナオ」

 ナオと呼ばれた黒服の女性は、別段の感慨も表情に浮かべず藍紀を見返す。

 その目つきは研ぎ澄まされていて、女性でありながら極道の世界にいるだけのことはあった。彼女はにこりともせずに言葉を続ける。

「千陀様。まどろっこしいのはよしましょう。……手を貸してはいただけないか? 無論、こちらも相応の礼はいたします」

「たとえば?」

 銘座が眼光鋭く言葉を挟む。

「虎林組の領域に踏み込むのはこちらもリスクが高い。そちらの専売である不動産は、俺たちは興味がない。差し出せるものがあるのか?」

「銘座」

 呉葉がたしなめるように銘座を制止する。呉葉は穏やかに言葉を告げた。

「そういう言い方はよくありません。お困りでいらっしゃったんです。まずは話を最後まで聞きましょう」

 銘座はあまり次兄の言葉に納得した様子ではなかったが、藍紀がちらと銘座を見たのに気づいたのだろう。渋々口をつぐんで、先方を見返した。

 側近のナオは銘座の言葉に怖気づくことなく、じっと藍紀を見て言った。

「では、無礼を承知で申し上げます。……近頃、千陀様は華陀家を包囲するように資金の流れを止めていますね」

 藍紀の目がつと細められた。どうぞというように先を促した藍紀に、ナオは言葉を続ける。

「華陀家は、千陀様にとってはお母様のご実家のはず。部外者がなぜと詮索するのは野暮かもしれませんが……もしやお母様と不仲でいらっしゃるのか?」

 ふいに藍紀はくすっと笑った。ちょっと肩をすくめて、軽い調子で言う。

「君たちは本当に有能だなぁ。そうだよ。……俺は母を社会的に抹殺するつもりなんだ」

 はっとさやかは息を呑んで藍紀を見た。呉葉は目を伏せて、銘座もかすかに口の端を下げたようだった。

 藍紀は若頭と呼ぶにふさわしい、強い目で前を見据えて言う。

「母はさやかを傷つけた。許すわけにはいかない。報いを受けてもらわなければならないんだよ」

 藍紀の放つ殺気じみた気迫に、場が水を打ったように静まり返る。

「さやかは、俺の宝物でね。……狂ってると言われようと、譲れないんだ」

 でも藍紀がちらとさやかを見た、その目だけは優しいもので。さやかが迷い子のようなまなざしで藍紀を見返すと、藍紀はぽんとさやかの頭をなでてくれた。

 ふいに今まで黙っていた珈涼が、静かだが凛とした声で問う。

「……華陀家の不動産を凍結すれば、私たちの願いを叶えてくれますか?」

 藍紀は珈涼に目を移した。珈涼はその目に恐れを持ちながらも、自分を奮い立たせるように藍紀を見返して告げる。

「地権を押さえるのは私たちの得意分野です。その代わり千陀家の情報網を使って、私たちのボスを……」

 珈涼は一度口ごもって、はっきりと言い直す。

「……私の夫を、私の元に帰してください。私も、夫を守るためならいくらでも悪い人間になりますから」

 それを聞いて、藍紀は弟たちに視線を送った。呉葉と銘座はお互いに目配せをして兄に目を戻すと、了というようにうなずく。

 藍紀は席を立ってテーブルの向こう側に歩み寄った。手を差し出して、珈涼に笑いかける。

 珈涼も緊張をまとったまま立ち上がって、藍紀の手を取った。

「取引は成立です。必ず勝ちましょう。……互いの、譲れないもののために」

 藍紀と珈涼は握手を交わし合って、これからの仕事の話を始めた。

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