「ふふっ、美味いな」
一人キシェルの味を想像し終えた星波は、本を閉じてそれを傍らに置いて目を閉じる。
存分に味わったため、腹も膨れて満足した星波はこの気持ちを誰かに伝たかった。
その相手は当然一人しかいない。かりなだ。
家族に言ったとて、諦めたような目で見られるのは明白だし、他に連絡を取れるのはかりなしかいない。
星波はベッドに放ったスマホまで体をずりずり移動させ、頑張って指紋認証でロックを解除した。
ちなみに、今はもう指紋認証の機種を取り扱っている携帯ショップは無い。あるのは顔認証のスマホだ。わざわざロックを解除するために顔を持ち上げるのは面倒だから今のスマホでいけるところまでいこうと星波は考えている。
メッセージアプリを開き、両親と妹とかりなの中から『かりな』を選ぶ。
そしてメッセージは打たず、通話ボタンをタップ。
『どした?』
かりながワンコールで出たことに嬉しさを感じながら星波は口を開く。
「美味かったぞ」
『あっそう。なにが……?』
「この流れでなぜ分からない」
『いやいや。夕食かあの本のどっちかだってことしか分からないから』
「わざわざ夕食で電話はしない。本だ。お菓子だ」
『あ、うん……まあ、そりゃそうか』
「まあいい。キシェルというお菓子を食べてな。お前も食うか?」
『食えるか‼』
「それは残念だ。早くその貧弱な想像力を鍛えろ」
『なんで電話かけられてまで罵倒されてるの? 切っていい?』
「……ダメだ」
『はあ……それで、どうだったの?』
「イチゴの甘酸っぱさが良い。食べやすくて疲れにくい」
『星波向きじゃん、良かったね』
「ああ。お前も美味しそうに食べていたぞ」
『わたしもいたの⁉』
「可哀想だからな。せめて私が食べさせてやろうと思ってな」
『いや、あんたの想像の中でしょうが……』
「確かにそうだな」
かりなの声が心地良く、ふっと吹き出してしまう。
怪訝な声が聞こえたが適当にごまかし、話題を変える。
「今、なにしているんだ?」
『寝る準備』
「もうそんな時間か」
『星波も早く寝なよ、朝起きれないんだから』
「私の場合は寝起きが悪いというより起きるのが面倒なだけだ。でもまあそうだな、寝不足で授業に支障が出るとその後が面倒だ」
面倒臭がりで問題児扱いをされている星波だが、以外にも授業態度は悪くない。
普段の言動から、授業を受けるのが面倒だからサボるか寝ているかどちらかしているように思うが、そんなことは無く、大人しく授業を受けている。
大人しく授業を受けたほうが、その後が面倒ではないことを知っているからだ。
『いちいち多いんだよなぁ』
「文句があるならうちに来ると良い」
『いやもう夜だし行かないよ』
「私は気にしない」
『なにに?』
「……そんなことも分からないのか。ならさっさと寝たらどうだ?」
『なんで急に不機嫌になるの……?』
「私は眠たくなったら不機嫌になるんだ」
『そうだっけ⁉ ――でもまあ、そろそろ寝るよ。じゃあ、お休み』
「ああ」
そう返すと、通話が終わる。かりなの方から通話を終了させたのだ。
「はぁ……………………別に切ることはないだろう」
そう呟いて、自身の電源を切るように明かりを消す。
暗くなった部屋でただ一人、意識も全て闇に溶け込ませる。
しかしなにも考えていなくとも胸の内でなにかが蠢いているのが感じられる。
「私は眠たいんだ……」
そのなにかを感じなくてもいいように、自らに言い聞かせる。寝て起きてしまえば、それは無くなっているはずだから。