その日の夜、星波は一人ベッドに寝転び本を開いていた。
読んでいるのは今日届いたお菓子の本だ。
夕食を食べ、入浴を終えてだらけきっていると少々小腹が空いたのだ。
大きな欠伸をしながら適当にページをめくる。
(なるほど、これは美味しそうだな……)
――キシェル。ポーランドのお菓子だ。
そのお菓子を凝視、そして想像する。
◎
もうそろそろ十五時ということで、小腹が空いてきた星波はおやつを食べようとして起き上がろうとする。しかし、やはり起き上がるのが面倒で、ベッドに沈み込んだまま、近くに投げていたスマホを引き寄せる。
もう型が古いがあまり使わず、あまり劣化していないスマホを指紋認証で開く。そしてメッセージアプリを開き、片手で数えられる連絡先の中から『かりな』を選択する。
当然、メッセージは打つのが面倒だから通話だ。
コール音が何度か鳴る。
『――どうしたの?』
かりなの声がスピーカーから聞こえた。
「かりな、美味しいお菓子がある。食べに来ないか?」
『え⁉ 行く行く! 今日はなに? どんなお菓子?』
かりなの食いつきの良さに星波は自然と笑みが零れてしまう。いつもこうしてお菓子を食べようとかりなを誘うのだ。そして毎回、かりなは喜んで来てくれる。
もしかすると、お菓子が楽しみなように見えて、実は自分に会うのが楽しみなのかもしれない。
「それは来てからのお楽しみだ。いつも通り、冷蔵庫にあるから持って来てくれ」
『分かった! すぐ行く!』
そう言って通話を終了。そしてそれから五分も経たないうちに、家の鍵が開く音が聞こえた。
こんなにも家が近いのなら、もういっそ一緒に住めばいいのに。そんなことを考えながら星波はかりなが部屋にやって来るのを待つ。
「お待たせ!」
「ふっ、来たか」
かりなの手には、ケーキが入っていそうな白い箱がある。
「その箱を開けてみろ」
「うん――おお! イチゴ⁉ 綺麗……」
現れたのは、浅めで直径十センチ程度のスフレ皿に入った赤く鮮やかなイチゴジャムのようなお菓子だ。
「キシェルというポーランドのお菓子だ」
「キシェル……?」
「果物をピュレ――潰してドロドロにした物だな。それにコーンスターチか片栗粉を溶かし入れ、とろみがつくまで煮たお菓子だ」
「おお! なんかよく分からないけど凄いやつ!」
星波の説明を聞いても、あまりよく分かっていそうにない。現にそう言っている――が、早く食べたいという気持ちだけは伝わってくる。
ドロドロになったイチゴの中に、薄くスライスされたイチゴが入って、その近くにホイップクリームとミントがある。
「まあ、要は味だ」
「うん。食べてみるね」
早速と、かりなは付属のプラスチックのスプーンでキシェルを掬って口に入れる。
笑顔になったかりなは、再びスプーンで掬い、こんどは寝転ぶ星波の口に向けてスプーンを差し出す。
それが当然のことのように、星波がパクリと咥える。
咥えた瞬間感じたのはイチゴの酸味だ。砂糖の量は控えめにされており、イチゴ本来の味が強調されている。だが、イチゴの酸味が一番強いが、イチゴの甘味ももちろん消えていない。
砂糖が控えめにされているのは恐らく、イチゴの僅かな甘みを消さないためだ。
「美味いな」
「でしょ?」
笑顔のかりなに星波も笑みを返す。
今度はホイップクリームと共に口に入れる。
「甘味が強くなってこれも美味しい……」
「かりな」
「分かっているよ。はい」
同じように星波もキシェルを口に入れる。
かりなの感想通り、今度はイチゴの酸味が抑えられ、それが爽やかさに変わる。ホイップクリームの甘味が上手く酸味を抑えてくれているのだろう。
「美味い。それに、かりなと一緒に食べるからさ更に美味い」
「えちょ⁉ 急にどうしたの⁉」
「ん? ああ、すまない。あまりにも美味しくてな。つい」
「いや、ついって……。まあ……わたしも……同じだけど……」
星波の言葉に思わず顔を赤くしてしまったかりなは、自分の顔がイチゴのように赤くなっていることに気づいているのだろうか。
その様子を見て、星波も少し身体が熱くなってきたような気がした。