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第3話

「では、入団の前に少し君の能力を測っておきたい」

 犬飼の言葉で、団はようやく何故自分がジャージに着替えさせられ、こんな広い地下へと連れてこられたのかを理解した。

「はーい。じゃ、こっからは俺が引き継ぎまーす」

 いつの間にか犬飼の背後に現れたのは、太陽のような笑顔を浮かべた青年だった。

 紺色の髪は無造作に跳ねているが、ホワイトの隊服はきちんと身につけている。

「俺は時親要。情報局所属で、人事や総務も担当しているから、これから色々顔を合わせると思うよ。よろしく!」

 差し出された手を、団は握り返す。

「はい、よろしくお願いします!」

 じゃあ早速、と要はタブレットを操作する。起動音とともに床下から現れたのは、様々な運動器具だった。

「ここはね、地下訓練場なんだ。さ、じゃあ腕立てから行こうかな」

 基礎的な体力測定と銘打ったテストで、腕立て伏せや持久走など慣れた種目をこなしていく。団の結果はどれも、常人の平均値以上をたたき出していた。

 要は「本当に異能持ってないの?」と目を丸くして聞いてきたが、団はそれに爽やかに頷くだけだった。


 ビービー、とけたたましく警告音が鳴り響く。驚くまもなく、『緊急連絡、緊急連絡。全隊員は直ちに状況を確認してください』と、張り詰めた声が館内に響き渡る。

『和睦警察署管轄にて、砂を操る異能犯罪者が脱走。現在、応援を要請しています。繰り返します、砂を操る異能犯罪者が脱走……』

「砂の異能って……」

 聞こえてきた情報に、団は眉を顰める。それは、団が引き渡したハズの異能犯罪者の能力では無かったか。

「……好都合だ」

 ふ、と微笑んだ右京は、「こんな形式じみたテストよりも、君の本当の実力を試せそうだね」と音もなく踵を返すと、すたすたと入り口へと向かっていく。

「行くよ、真田団」

「右京! またお前は勝手に……」

「俺に任せるんでしょ」

 犬飼の静止にそう返し、右京はすでに訓練場の扉を開け、廊下へと足を踏み出していた。その歩みに躊躇いはない。

「ちょ、待って待って」

 団が慌ててあとを追う。運動靴の床を打つ音が、残された犬飼と要の耳に響いた

「まったく……」

「あはは、まあ、確かに右京くんに任せるってボスの判断だったし、いいんじゃないですか?」

 軽く笑って流す要に、犬飼は「どいつもこいつも……」と頭を抱えた。


「なあ、砂のやつって……俺が捕まえたあいつのことだよな? ちゃんと警察に引き渡したけど、逃げたってどういうこと?」

 団は右京の横に並び、疑問を口に出す。

「……奴は自身を砂にできるそうだね。それで逃走を測ったみたいだ」

 右京はエレベーターのボタンを押すと、振り返りもせずに乗り込む。手に持つタブレットには、砂男の詳細な情報が流れていた。

「――真田団、君の強さを見せてみな」

 ピンポーンという電子音が鳴ると同時に、扉が開く。

「出来ないなら、君の強さは、全てまぐれだということさ」

「……まぐれじゃねぇとこ見せてやるよ」

 団は小さく鼻を鳴らし、飛び込むように一歩踏み出した。



 和睦市、旧工場街。砂が辺り一面を埋め尽くしていた。

 右京と団は、粉塵に霞む広場に立つ。団の前方、廃工場の瓦礫の中から、情報通り男が姿を現した。

「見つけたよ、おっさん」

 男の目がぎらぎらと光る。その奥には、煮えたぎるような屈辱の色が渦巻いていた。

「……お前…………あん時の」

 歪んだ顔で団を見つめた次の瞬間、砂嵐が唸りを上げる。地を這うように砂が隆起し、うねりながら巨大な蛇の形を成していく。その先端は鎌首をもたげ、今にも噛みつきそうな鋭さを孕んでいた。

「くそ、くそ、捕まる訳には行かねぇ……死ね!」

 砂の塊が瞬時に凝縮し、無数の槍となって空から降り注ぐ。それらは全て正確に団を狙っていた。

「うおっ、マジかよ!」

 てっきり蛇の砂に噛みつかれるかと身構えていた団は、悲鳴に近い声を上げ、紙一重で砂の槍を飛び退く。体勢を崩しながらも、咄嗟に身を翻し、次の攻撃に備える。 

 だが、男の攻撃は途切れない。立て続けに襲いかかる砂の奔流。団がなんとか一歩踏み込んでも、男の身体は砂と霧散し、砂に紛れる。さらに激しさを増す砂を操る。

 避けたものの、少しばかり頬を掠める。団が痛みに顔を歪めた刹那、砂煙の中からぬっと人間の姿に戻った男が、獲物を嘲笑うかのようにニヤリと笑った。

 右京は、と視線を滑らせると、いつの間にか壁際にいた。

「あ! なんでお前そっちにいんだよ!」

 回避一辺倒の団は、息を荒げた。

「オレはキミがどれほどのモノか見極めるために来ただけさ。それくらい一人でやれるだろう」

 右京は、腕を組んだまま、涼しい顔を崩さない。その言葉に反応したのは男の方だった。

「どいつもこいつも……舐め腐りやがって……っ」

 男は忌々しく唾を吐く。団に向かって飛ばしていた弾の軌道を変え、右京に迫る。だが右京は一歩も動かず、指を軽く弾くだけ。

 ピシ。指先から迸った冷気が、飛来する砂を瞬時に凍結させた。地面と衝突し、ガラス細工のようにキラキラと砕け散っていく。

「凍らせた……!?」

 団は目を見開いた。右京の異能だろうか。右京はそんな団の視線には目もくれず、ふん、と鼻を鳴らす。

「……舐めてるさ。異能があっても無能だから、犯罪なんてものに手を染める」

 唇にわずかな嘲笑を浮かべる。煽りに煽る台詞に、男の顔にはぶちぶちと血管が切れんばかりに浮き上がった。砂が浮き上がり、鋭利な砂槍と化す。

「ガキがァ!」

 怒声とともに吹きすさぶ砂槍。しかし、右京はくだらなさそうにため息をついた。右京に近づいた途端にぱきぱきと凍っては地面に落ちていく塊。

 その余裕綽々の態度に、団は心の中で悪態をつきながらも、懸命に男の攻撃をさばいていった。男の身体は、攻撃の度に砂と人の姿を繰り返しているように思えた。だが、その変化はあまりにも速い。団が男の姿を捉えたと思っても、踏み込むよりも早く砂に包まれ、攻撃の軌道を変えてくる。

 必死に回避を続けながら、団は考える。あいつの砂は水に弱い。周囲を見渡す。だが、ここは廃工場だ。水源なんて、どこにもない。

 チラリと右京を見る。

「なあ、右京! その氷って溶かせるか!?」

 団が何を言いたいのか、即座に理解した右京は頷く。

「俺の異能は熱エネルギーの操作だからね。それくらい造作もないよ。冷ますも熱するも自由さ」

 そう答えながらも、右京は冷たい返答だ。

「でもこれは、キミのテストだ。……それともやはり……まぐれ、だったのかな?」

 鼻で笑うその態度に、団は拳を握りしめた。

「くそーッ、なら他の手!」

 団は咆哮を上げると、次の手を考えた。よく見ろ、よく考えろ。水以外に、なにか手立てはあるはずだ。

 団の視界の端で、さらりと砂が風に煽られた。右京が凍らせた砂が、冷気の余波で周囲の空気を僅かに流れさせているのだ。

 団はその一瞬を見逃さず、砂の弾丸を避けながらも、避けたあとを振り返る。砂は、風に煽られ吹きすさんでいる。

 団はひとつの仮説を立てる。男の異能は、あくまで砂を操り、攻撃として形作るまで。一旦放たれた砂は、制御を離れればただの物質に戻る。

 巨大な砂の槍も、先ほどまで空を舞っていた砂の奔流も、今はただの砂の塊として、その場に落ち、舞っているだけだ。男が再び操作しなければ、それは盛り上がった砂山に過ぎない。そして、男が人間の姿に戻る一瞬の隙がある。

 ――水がだめなら風だ。これは使える。

 団は走った。避けながら、風の流れを肌で感じ、拳を振るうタイミングを探る。次の砂を操るまでのほんの一瞬、そして、人の姿に戻る、その一瞬をつければいい。


 男は、焦っていた。

「なんでだ……なぜ当たらねぇ!」

 怒りの叫びと共に、砂の塊が蠢き、一箇所に集まっていく。やがてそれは巨大な怪物の姿へと変貌し、咆哮を上げた。広場一帯に巻き起こる激しい砂嵐。

 それでも、団は倒れなかった。

 頬を、腕を、砂のつぶてが容赦なく打ち付ける。痛みと共に、かすかな熱を感じた。その熱が、空気を押し出すように――風向きが、変わった。

 砂の怪物が巨大な腕を振りかぶる。その動きは遅い。団は、その予備動作をしっかりと捉えた。

 砂の巨体が振り下ろした腕を、団は体を捻ってギリギリで回避する。同時に、散らばった砂が地面に落ちる、ほんの一瞬。制御を離れた砂は、ただの砂となる。そうして現れた男の姿。

 その隙を逃さず、団は渾身の力を込めて地面を蹴り上げた。制御を失い、バラバラになった砂の粒子。その隙間を縫うように、団の拳が一直線に伸びる。

 ――男の顔面を、捉えた。


 砂嵐が、嘘のように止んだ。

 息を切らして立つ団。足元には、男が白目を向いて倒れている。

「……悪くないね」

 砂埃舞う影の向こう側で、右京の口元が愉快そうに弧を描いた。

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