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神龍時 宇宙という男は…

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 ーーーー それから三日後。


 厄祓い師、もとい厄除師十二支名家の一つ 〈神龍時家〉。

 そこは、町外れの少し離れた場所にあった。さらに詳しくいうと、商店街がある町内と反対方向にある小学校の中間地点にある。


 周りは一軒家がポツリポツリとあるが、住んでいるのは高齢者が主な現状。

 それ以外は、この時期だと田んぼが広がっていた。青々とした翠の一色。

 風が吹くと爽やかな香りが鼻腔を擽り気持ちが穏やかになる。中には、田植えをしている最中の家人もいた。

 今時、土でできている道沿いに歩くと砂埃が舞う中。設置されている唯一の駅。

 しかも、電車の運行は三十分に一本。神龍時家から歩いて三十分はかかる。都会暮らしの人から見れば、かなりの田舎である。


 昭和の名残がある木造の二階建ての一軒家である、神龍時家。

 昔の名残が残っている檜で作られた縦格子戸である玄関。昭和の田舎を感じさせる木造二階建ての自宅内。

 こじんまりとした自宅内の庭に、小さな野菜畑があり、池もあり。自宅の裏には、渡月山というこの街では有名な山もある。その麓にこじんまりとした茶室が存在している。

 元々は、他人が使用していた旧家の母屋だった。この昭和のバブル時代より前に建てられた物を買い取った他県の者がいた。それが、この家の主、神龍時 宗一郎だった。


 そんな、自宅の留守中にて。

 居間のテーブルの上に〈神龍時 宇宙しんりゅうじ そら様〉と執筆された手紙が静かに置かれていた。

 因みに、一週間前から家人たちが留守中である。なのに………、


 いつ、誰が置かれたか分からない封筒、一通。


 ちょうどタイミング良く、取材から帰ってきた今、小説家として稼業している青年。

 名前は、〈神龍時 宇宙〉。

 この家の六つ子の次男坊である。

 玄関先で、鳥の化石のマークが入っている某有名な海外のゴアテックス入りのスニーカーを脱ぐ。

 肩までの長さがある、ウェーブがかった髪型。シルクのような髪質とお日様のように暖かみのある茶髪がゆっくりと揺れる。

 中肉中背より華奢な体つきに、長男の頭一つ分背丈が低い彼。


 お気に入りの代物なのか、シューケア用品である豚毛ブラシを水につけると。湿ったブラシにスニーカー用のクリーナーを毛先にかけて、もう一度水につけて馴染ませた。そのブラシで丁寧に汚れを落とし、マイクロファイバータオルで靴についている泡立った汚れを拭き落とす。

 仕上げに陰干しして乾かした後、防水防汚、UVカット、保革の機能全てが入っている少し値段高めのスプレーをかけて完成。


 この一通りの作業を、陽気に鼻歌を歌っている最中の彼。

 これは、宇宙の日課の一つ。彼の中で、コレは欠かせない日常の一部になっている。

 とある、ネットで知り合ったフォロワーの同業者である小説家が言っていた。


《人生で、身につける物にお金をかけるとしたら【靴】にしなさい。機能性で選んでも良い。直感でも良い。

自分が納得して選んだ良い靴は、【自分に自信を持たせてくれるし、素敵な出会いをさせてくれる】》


 この言葉を聞いた時は、一瞬嘘くさいと思ってしまった。だが、その声色の重みが妙に納得させられたのは事実である。

 後日、彼は靴選びに慎重になった。ネットで調べて直接、東京へ行き店内の実物を目の当たりに試着する。

 そして、見つけた。それが、今のお気に入りのゴアテックスシューズである。


 それを履いて、取材するようにしてから今日まで。彼の中で不思議な体験をする事が多くなった。

 良い言い方すれば、小説のネタの宝庫。

 悪い言い方をすれば、命にかかる奇妙な体験と言うべきか……。

 だが、宇宙にとってそれら全部は〈自分にとって人生のご褒美〉の一つなのだ ーーーー


「いやー、次回作の小説のネタをゲットできて、ラッキーだったなぁ〜」


 陽気なアルト調の声色が、誰も居ない空間内に響く。


「それにしてもさー。いつもながら風羅の彼氏は、からかいがあって本当に飽きもしないや。ふふふ」

 彼の機嫌の良い独り言は、続く。

「笑いが止まらないなぁ、いつのまにか取材帰りの楽しみの一つになってしまったよ。また暇つぶしとストレス発散も兼ねてまた遊ぼっかな♪

次も【嫌がらせ用に書き上げたBL本】を、また見せに行くとするか!

あ!それだったら……挿絵が必要だなぁ。うん、また〈ねずみ〉の一族のあの子にお願いしようかな♪」


(まぁ……イラストレーター業の腐男子、あの子のことだ……。

『あの推しカプの挿絵を描かせてくれるんですかッッッ!!?

宇宙兄さん、ありがとうございます!!ボク、嬉しすぎて……挿入シーン描いても良いですか!?

できたら、◇◇◇責めとか●●●●し、とか』

など、言いそうだな……。

困ったなぁ……、僕本来〈ミステリー〉、〈現代ファンタジー〉向けの小説執筆が主なんだけど………)

……

…………

………………

(しょ~~ーがない!次回作は濃厚キスシーンだけじゃなくて、挿入シーンも書いてやるかッ!!これだったら、あの子も喜ぶし。

 風羅の彼氏とその友人に、先日の件を再度嫌がらせもで・き・るぅ♪)


「まぁ……、この僕に喧嘩を売ってきたんだ。

これくらいの礼参りをしなきゃ、気が済まないからねぇ相手が可哀想だからねぇ〜」

 そう結論出した六つ子ナンバーワンの、トラブルメーカーの彼。

 母親似の翠がかった琥珀色の瞳に父親似の人当たりの良い下がった目尻は穏やかさが滲み出ていた。そして、赤渕眼鏡はお気に入りの一つ。

 学生時代、微笑む姿はまるで聖母のようだ、と言われてきた経験があった宇宙。


 だが実際は、━━━━天使の顔を被った悪魔である。


 その証拠に、厄除師として活躍している長男と三男の事を自宅専用の〈ATM〉として扱っているくらいだ。

 そんな自分を楽しむ事しか考えていない本人は、向日葵のような笑顔になる。これからの作業に心が弾んだ瞬間であった。


 そう。神龍時 宇宙は、兄弟の中で一番根に持つ男なのだ。


 ◇◇◇


 これは、半年前の出来事から始まる。

 六つ子の四番目である妹、風羅の彼氏の友人から、


「小説なんて、文字を書くだけだろう?

それに比べて絵はソイツの個性を味わえる奥深い物だ。特に日本の抽象画はな。

文字書きと一緒にすんじゃねぇ!それとネタ探しとか下らねぇ理由で、こっちを巻き込むんじゃねぇよ!!」


と言われて以来、今日までの半年間相手に怒りを孕んだ気持ちを持っていた彼。

 基本、やられっぱなしが嫌いな性格の故。

 あの時はカチンと頭にきた宇宙。

 相手に悟られないように表情は笑顔のままで接している中。

 内心、腑が煮え繰り返っており、どう恥をかかせて社会的に潰してやろうか、という思考でフル回転をしていた。


 数日後のある日。

 脳内で《撲滅!創作無縁会。これで、てめぇも小説の良さが分かるだろうよ!!》を一人緊急会議の真っ最中の時だ。

 ふと、あるポスターが視界に入る。


 そして……ピンッ!と閃いた宇宙。

 無邪気な笑顔になり、急いで自宅へ帰り部屋に引き篭もって作業に取り掛かった。





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