高校へ入学して一週間が経ったある日。僕は一通のラブレターで呼び出されてた。
これから僕が向かうのは校舎裏。告白のド定番だ。
普通なら嬉しいはずのこんな状況。だけど僕の気分はやや落ち込み気味。
理由は考えるまでもない。下駄箱に入っていたラブレター。それが偽物のラブレター『ニセレター』だとわかってるからだ。
根拠はもちろんある。それは差出人の名前。
ラブレターには『姫柊姫』と書かれていた。
でもその女の子は僕にラブレターなんて出さない。
だって今や学校で一番可愛い女の子なんだよ。それも入学してたったの一週間で。
どう考えても有名税で、名前を使われたに決まってる。中学の頃も全く同じことがあったし。その時も差出人の名前は姫柊さん。でも結果はクラスの男子と女子のイタズラ。今や軽いトラウマものだよ。
そもそもよく考えればわかる話なんだよね。
相手は中学卒業までに五〇〇近い告白をされた猛者。しかも女子からは『プリンセス』ってあだ名で呼ばれてたし。
まあ男女問わず優しくて、成績もいいのにそれを鼻に掛けないお嬢様。
人気が出ない方がおかしいよね。
だからこそ怪しいんだけど。
そんな子が僕に告白?
確かに小学生の頃、僕らは友達だった。でもそれは小学校低学年の話。
今じゃすっかり交流も減って、精々廊下ですれ違った時に世間話をする友人B。
そんな相手に学校一の可愛い女の子が、ラブレターなんて送るはずがない。
僕は頭の中で見知らぬイタズラの主を殴るイメージをしながら、校舎裏へ向かう。
***
目的地の校舎裏は閑散としていた。
そりゃあそうだよ。まだ新学期が始まったばかりだもん。
流石に学校の告白スポットだとしても、今はまだ正式に機能していないよ。
だけど既に先客がいて。というか雑草が生えている校舎裏に一人の女子生徒の姿が。
それも僕が近づくにつれ、見る見る顔が赤くなっていく。
その一方で僕は軽い混乱状態に陥っていた。
だって僕の目の前に立つのは――
「き、来てくれてありがとうございます‼」
震える声と真っ赤な顔。
それでいながら、嬉しそうに満面な笑みを浮かべる女の子。
そこに姫柊姫は立っていた。
長い黒髪を風に靡かせ、小柄な体躯にはそぐわない大きな胸に手を当てて。
整った顔立ちの幼い顔で僕のことをジッと見つめていた。
そんな彼女の黒い瞳に映る僕の姿。
白い髪に赤い瞳。中肉中背でやや童顔な顔つき。
髪と瞳の色以外、特に特出するべき点の無い男子生徒。それが僕――柊緋色だった。
それにしてもなんで姫柊さんが?
「そ、その……今日はお忙しい中、突然呼び出してしまい申し訳ありませんでした‼」
ペコリと綺麗にお辞儀をする姫柊さん。
やっぱりお嬢様だ。お辞儀一つとっても綺麗な動きだと思う。
いや、考えるべき点はそこじゃなくて。
どうしてここに姫柊さんがいるんだろう?
僕の予想だと、高校デビューで浮かれたクラスメイトがいるはずなのに。ここには姫柊さんと僕しかいない。つまり姫柊さんが僕を呼んだ張本人? だとするとあの手紙も本人の直筆?
……まだそうと決まったわけじゃないよね。
姫柊さんも騙されて――
「…………」
「…………」
僕を見つめる姫柊さんの目が不安を訴えていた。下ろされている両手の指先だって微かに震えている。それなのに視線は真っ直ぐに僕を捉えようとしてる。それを見て、僕はなんとなく理解した。自分の大きな間違いに。
どうして僕はあのラブレターを――
「でも。ずっと緋色君に伝えたかったことがあるんです‼」
――最初から偽物だって決めつけたんだろう。
姫柊さんの綺麗な声が僕の鼓膜を叩く。
それと同時に僕の中にあった、悪い考えは粉々に砕かれた。
僕にはどう考えてもこんなに必死そうな女の子が、誰かを騙すなんて考えられない。
そもそも僕が知る彼女は誠実で優しい女の子。人気過ぎるが故、本人も知らないうちに利用されることもあるけど、姫柊さん自身は無害だ。仮に彼女が当時のイタズラを知っていたら、自分から進んでやめさせようと動いていたはず。姫柊姫はそういう女の子だ。友達だった僕が言うんだから間違いないよ。
つまりイタズラっていうのは僕の早とちり。
なるほど……でもだとすると疑問が一つ。
もしかして僕、これから告白されるの?
それも学校で一番可愛い女の子に?
……reality?
数少ない覚えていた英単語。
それを思わず心の中で呟くほど僕は混乱していた。
だって相手はあの姫柊姫なんだよ⁉
僕みたいなバカで釣り合いなんて取れないよ‼
僕は胸を抑えて軽く深呼吸する。
そして順序だてて整理していく。
大前提として僕は姫柊さんのことが好きだ。
それも今も続く僕の初恋相手として。
もし仮にだよ。そんな相手から告白されようものなら……。
「あの‼ 緋色君‼」
必死になって心を整理している間にだった。
遂に姫柊さんが、決心を固めた目で僕を見てくる。
でも僕は『告白される』というあらぬ妄想の所為で、思わず顔を逸らしそうな状況だ。
ダメだ。今顔を逸らしたら、絶対に話がここで終っちゃう。
ちゃんと最後まで聞くんだ。僕が期待する言葉じゃなかったとしても。
僕が決心を固める中、吹奏楽部の演奏が校舎に響いた。
「私と結婚を前提にお付き合いしてください‼」
それはあまりにも予想外過ぎる告白だった。
……今、結婚って言わなかった?
頭が真っ白になった僕とは対照的に。
言えた喜びに打ちひしがれる姫柊さん。
僕は無言のまま、数回瞬きを繰り返した。
だけどこの夢、なかなか覚めないぞ。
だとするとやっぱり――
いくら何でも本気過ぎるよ‼ 本気でも嘘だって疑われるレベルの告白だよ‼
でも誠実な姫柊さんらしいし、僕も自然と嘘だって思ってないんだよね。
それにしても今の告白。告白っていうよりもほぼプロポーズ――
「……ダメ?」
上目遣いの可愛い顔。
背が僕よりも低い分効果的だ。
おかげで今、僕は雷に打たれたような気分。
なんておねだり上手なんだ。
しかも普通に可愛いかったし。
気づけば僕は。
「ダメジャナイヨ」
棒読みでうっかり答えていた。
あんなの反則だよ。
上目遣いで「ダメ?」なんて聞かれたら。
正常な男子高校生ならOKしちゃうよ‼
自分の浅はかさを嘆く僕。
そんな僕とは対照的に。
「ほ、本当ですか?」
姫柊さんは震えるほど喜んでいた。
さらに僕が首をゆっくりと縦に振ると。
さっきまで暗かった表情がパァ~と笑顔に変わってく。
それにしても、姫柊さんが僕のことを好きだったなんて。僕、全然知らなかったよ。
僕は姫柊さんのことが好きだ。何よりも初恋の相手だからね。
そして姫柊さんも僕のことが好きらしい。それも告白が成功しただけで、顔をクシャクシャにして笑うほど。
こうして僕と彼女は恋人同士に――
「では早速こちらの記入をお願いします」
恋人という言葉に浮かれたのも束の間。
笑顔の種類が変わった姫柊さんが、僕に一枚の紙切れを差し出して来る。
「はい?」
僕が渡された紙切れ。そこには『姫柊姫』の名前が記入されていた。
それ以外にも姫柊さんの両親と思える名前。
さらには僕の両親の名前まで書かれている。
そこまで見て、僕はようやく理解した。
その紙はとても薄くペラペラだけど、僕にとってはたぶん地球よりも重い。
その証拠に今、背中からは変な汗が流れ。学校一の美少女と付き合えるというドキドキとは、別のドキドキが僕を襲っていた。
ようやく現実を直視した僕は、軽く深呼吸してから尋ねる。
「こ、これってまさか――」
「婚姻届けです」
わからない‼ 僕には彼女が何を言っているのか、わからないよ。
そもそもこの状況もわからないし。どうして僕の手の中に婚姻届けがあるのかもわからない。とにかくわからないことだらけだ。今になって、嘘の告白であってくれと願わずにいられない。
そもそも普通、告白に婚姻届けなんて持参するだろうか。新手のいじめにしてもやりすぎだよ、夫の欄以外記入済みの婚姻届けなんて。その所為で一瞬にしてわからなくなったじゃないか。これが嘘の告白なのか、それとも本気の告白なのかが。
「とりあえず姫柊さん。少しだけ時間を――」
「明日までに書いてきてくださいね」
学校一の女の子が自分だけに向ける笑顔。
そんな夢みたいな状況なのに、僕は首輪をつけられた気分になった。