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第3話 二人の距離感

 教室の俺の机。その上に置かれた大量のパンフレット。

 その全てが俺を勧誘してきた学校だ。

 どれもバスケの超名門。インターハイやウィンターカップ本選常連校。


「流石に中学MVPだな」


 窓際の最後列。日差しMAXな最悪の立地にある席。

 そこで俺と司は駄弁っていた。


「それでお前、どこの高校に行くつもりだ?」

「わかりきったことを聞くな。あいつがいる場所が俺のいる場所だ」

「……今、格好つけたよな」

「冷静にツッコむなよ。相変わらずノリが悪いな」


 俺はパラパラとパンフレットを捲り、さらに各バスケ部の個別資料と照らし合わせる。

 もちろん、俺が海桜に残りたい理由はフユだ。

 でもそれだけじゃない。他校に行ったら、そこに所属する部員とは戦えなくなる。

 それが心から嫌なんだ。強いやつと戦いたい。俺にはそういう習性があるらしい。

 だから俺が認めてる強者がいたり、進学する可能性がある学校には絶対に行かない。


「ところでお前はどうするつもりだ? お前もスカウトは来てるんだろ?」

「まあな。だけど俺は勝ち負けに興味はないからな。面白い試合ができれば十分だ」

「お前の言う面白い試合って?」

「少なくてもお前と出る試合は退屈しない。パスコースを考えるのが面倒だからな」

「どうせ俺はチビですよ」


 ポイントガードの司には迷惑をかけていると思う。

 おまけに俺がシューティングガードのため、パス回しではさらにすごい負担だ。

 だからって嫌味を言わなくてもいいだろうが。


「人の話は最後まで聞け。俺はその面倒が楽しいと言っている」

「頭、大丈夫か?」

「お前にそのセリフを言われるのが、一番ムカつくんだが」


 折角心配してやったのに、司のやつなんて言い草だ。

 面倒なのが楽しいなんてどうかしてる。

 俺なんて面倒だから勉強なんて大嫌いだ。


「はぁ。お前にわかるように言うとな。秋月フユは面倒なやつだろ?」

「人の幼馴染を勝手に面倒とか言うな。否定をする気は全くないけど」


 今朝にしたってそうだ。バッシュを持ってるなら、早く話してくれればいいのに。

 しかも朝の1on1だって、HRの時間が迫ってたのに。強引に最後の一試合をやらされた。それも理由は俺が勝ち越している状況だったから。本当、昔からすごい負けず嫌いだ。そういう面倒な部分も嫌いじゃないけど。


「そしてお前はそれ以上に面倒な男だ」

「それに関しては全力で否定させてもらう。俺は普通の人間だ」

「普通の人間は八年近くも片想いなんてしないだろ」

「しょうがないだろ。本質が何に対しても一途なんだから」


 司は昔からこうだ。中学一年の頃に出会ったけど、その頃から理論的。

 物事をよく考えているのはわかるけど、それ故に他人への遠慮が一切ない。

 今だって俺のコンプレックスである恋愛面を突いて来たし。

 だけど悪いやつじゃない。その証拠に。


「でも俺はお前ら二人が嫌いじゃない。見ている分には面白いからな」

「なんだよ、それ。親友なんだから少しは一緒に悩んでくれても――」

「俺はこれからもただアシストするだけだ。恋愛だろうとバスケだろうとな」

「……お前も十分。面倒なやつだよ」


 素直に高等部へ行くって言えばいいのに。


   ***


 放課後。部活を終わらせて帰宅すると。

 リビングで上下白い下着の女の子が、犬と戯れていた。

 それも犬と向かい合って、同じように伏せのポーズをしてた。

 ……何してるんだ、この幼馴染は。


「羞恥心がないのは勝手だけどな。せめて家の人間に迷惑を掛けないようにしろ」


 近くにあったバスタオルを背中に掛けて軽い説教をする。

 ようやく俺の帰宅に気づいたらしいフユだが、一切隠そうとしない。

 それどころか、俺が掛けたバスタオルすらも「邪魔」と言って自ら剥いでいた。


「暑いからこんな格好してるのに。なんでわざわざタオルを掛けるのよ」

「暑かったらエアコンをつければ……そっか。お前、エアコン苦手だったもんな」


 エアコンのリモコンに手を伸ばして、すぐにその手を止めた。

 それにしてもこいつ、人の家のリビングでなんて格好を――


「じゃなくて‼ なんでまたウチにいるんだよ」

「言ったでしょ。お母さんが出張で家にいないのよ」

「だから夕飯も食べに来たと?」


 チワワみたいなパピヨン、ロウと遊びながらフユが適当な返事をする。

 どうやらロウと遊ぶのに夢中らしい。俺としては今すぐ服を着て欲しいところだが。


「それと今夜はここに泊るから」

「……今なんと?」

「だから今日はハルの部屋で寝るって言ったのよ」

「そんなこと言ってないだ……俺の部屋⁉」


 距離感が近いとか、そういう問題じゃない。

 ウチの幼馴染に女としての自覚はないのか。

 俺は年頃の男子中学生なんだぞ。

 それなのに何を血迷ったことを。


「いやいや。流石に年頃の男女が同じ部屋で寝るのは――」

「問題ないわよ。前だって同じ部屋で寝てたじゃない」

「それは小学生の頃の話だろ」

「お風呂だって一緒に入ったし」

「それも小学生の頃……というか3年ぐらい前の話だな」


 中学生になるまで一緒に風呂へ入れられてた。

 本当、俺たちの親の倫理感と言ったら。


「だから問題ないわよ。私の体なんて見飽きてるだろうし」

「…………」


 否定はしなかった。

 確かに小学6年生時点でもフユに、恥ずかしいという概念は見られなかった。

 タオルで前を隠す俺とは違って、フユは常に全力勝負。タオルすら巻いてなかった。

 それどころか、俺の前で平然と体を洗ったりしてたし。

 少しは警戒心を持てって言うんだ。


「でもお前だって、あの頃よりは多少成長してるだろ」


 背は当時よりも伸びてるし、スタイルだって小学校時代とは比べものにならない。

 フユが男子に人気なのは、普通に彼女が美人だって言うのもあるんだ。

 おまけに俺以外には基本的に優しいし。


「少しは自分が魅力的なのを自覚しろ」

「ふ~ん。で、ハルはどう思うわけ?」

「お、俺?」


 突然振られて答えに悩む。

 俺にとっては今も昔も魅力的な女の子だ。

 でもたぶん、フユが聞きたいのはそういう話じゃないんだろう。

 そもそも俺に聞こうとするのが間違いだ。


 好意を抜きにしても俺たちの距離感はおかしい。

 好きな相手の下着姿を見ても、俺なんて平然としてるし。

 雰囲気としてはもう熟年夫婦の域だ。

 だから感想を聞かれても。


「相変わらず地味な下着だな~と」


 そんな率直な感想しか出なかった。

 だって本当に地味だったんだもん。

 清純そうとかそういう雰囲気もなく。


「…………」


 俺の言葉にフユが俯く。

 明らかに解答ミスをしたからな。

 流石のフユでもあんなことを言われたら――


「ハルでもそう思うわよね‼」


 あれ?


「お母さんに何度も言ってるのよ。もっと派手な下着をつけたいって。でも白しか許してくれないのよね。私だってもうすぐ高校生なんだから、バスケと同じぐらいオシャレに気だって使いたいのに」

「待て待て。一体何の話を――」

「今度の休み付き合いなさい。アンタの感想を元に新しい下着を買うわ。私の下着姿や裸を見慣れてるアンタなら、的確なアドバイスができるはずよね」


 間違えたと思ったのに。気づけば、何故かフユの買い物に付き合うことになっていた。しかも女性モノの下着を買う買い物に。

 やっぱり俺、異性として見られてないのかもしれない。


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