教室の俺の机。その上に置かれた大量のパンフレット。
その全てが俺を勧誘してきた学校だ。
どれもバスケの超名門。インターハイやウィンターカップ本選常連校。
「流石に中学MVPだな」
窓際の最後列。日差しMAXな最悪の立地にある席。
そこで俺と司は駄弁っていた。
「それでお前、どこの高校に行くつもりだ?」
「わかりきったことを聞くな。あいつがいる場所が俺のいる場所だ」
「……今、格好つけたよな」
「冷静にツッコむなよ。相変わらずノリが悪いな」
俺はパラパラとパンフレットを捲り、さらに各バスケ部の個別資料と照らし合わせる。
もちろん、俺が海桜に残りたい理由はフユだ。
でもそれだけじゃない。他校に行ったら、そこに所属する部員とは戦えなくなる。
それが心から嫌なんだ。強いやつと戦いたい。俺にはそういう習性があるらしい。
だから俺が認めてる強者がいたり、進学する可能性がある学校には絶対に行かない。
「ところでお前はどうするつもりだ? お前もスカウトは来てるんだろ?」
「まあな。だけど俺は勝ち負けに興味はないからな。面白い試合ができれば十分だ」
「お前の言う面白い試合って?」
「少なくてもお前と出る試合は退屈しない。パスコースを考えるのが面倒だからな」
「どうせ俺はチビですよ」
ポイントガードの司には迷惑をかけていると思う。
おまけに俺がシューティングガードのため、パス回しではさらにすごい負担だ。
だからって嫌味を言わなくてもいいだろうが。
「人の話は最後まで聞け。俺はその面倒が楽しいと言っている」
「頭、大丈夫か?」
「お前にそのセリフを言われるのが、一番ムカつくんだが」
折角心配してやったのに、司のやつなんて言い草だ。
面倒なのが楽しいなんてどうかしてる。
俺なんて面倒だから勉強なんて大嫌いだ。
「はぁ。お前にわかるように言うとな。秋月フユは面倒なやつだろ?」
「人の幼馴染を勝手に面倒とか言うな。否定をする気は全くないけど」
今朝にしたってそうだ。バッシュを持ってるなら、早く話してくれればいいのに。
しかも朝の1on1だって、HRの時間が迫ってたのに。強引に最後の一試合をやらされた。それも理由は俺が勝ち越している状況だったから。本当、昔からすごい負けず嫌いだ。そういう面倒な部分も嫌いじゃないけど。
「そしてお前はそれ以上に面倒な男だ」
「それに関しては全力で否定させてもらう。俺は普通の人間だ」
「普通の人間は八年近くも片想いなんてしないだろ」
「しょうがないだろ。本質が何に対しても一途なんだから」
司は昔からこうだ。中学一年の頃に出会ったけど、その頃から理論的。
物事をよく考えているのはわかるけど、それ故に他人への遠慮が一切ない。
今だって俺のコンプレックスである恋愛面を突いて来たし。
だけど悪いやつじゃない。その証拠に。
「でも俺はお前ら二人が嫌いじゃない。見ている分には面白いからな」
「なんだよ、それ。親友なんだから少しは一緒に悩んでくれても――」
「俺はこれからもただアシストするだけだ。恋愛だろうとバスケだろうとな」
「……お前も十分。面倒なやつだよ」
素直に高等部へ行くって言えばいいのに。
***
放課後。部活を終わらせて帰宅すると。
リビングで上下白い下着の女の子が、犬と戯れていた。
それも犬と向かい合って、同じように伏せのポーズをしてた。
……何してるんだ、この幼馴染は。
「羞恥心がないのは勝手だけどな。せめて家の人間に迷惑を掛けないようにしろ」
近くにあったバスタオルを背中に掛けて軽い説教をする。
ようやく俺の帰宅に気づいたらしいフユだが、一切隠そうとしない。
それどころか、俺が掛けたバスタオルすらも「邪魔」と言って自ら剥いでいた。
「暑いからこんな格好してるのに。なんでわざわざタオルを掛けるのよ」
「暑かったらエアコンをつければ……そっか。お前、エアコン苦手だったもんな」
エアコンのリモコンに手を伸ばして、すぐにその手を止めた。
それにしてもこいつ、人の家のリビングでなんて格好を――
「じゃなくて‼ なんでまたウチにいるんだよ」
「言ったでしょ。お母さんが出張で家にいないのよ」
「だから夕飯も食べに来たと?」
チワワみたいなパピヨン、ロウと遊びながらフユが適当な返事をする。
どうやらロウと遊ぶのに夢中らしい。俺としては今すぐ服を着て欲しいところだが。
「それと今夜はここに泊るから」
「……今なんと?」
「だから今日はハルの部屋で寝るって言ったのよ」
「そんなこと言ってないだ……俺の部屋⁉」
距離感が近いとか、そういう問題じゃない。
ウチの幼馴染に女としての自覚はないのか。
俺は年頃の男子中学生なんだぞ。
それなのに何を血迷ったことを。
「いやいや。流石に年頃の男女が同じ部屋で寝るのは――」
「問題ないわよ。前だって同じ部屋で寝てたじゃない」
「それは小学生の頃の話だろ」
「お風呂だって一緒に入ったし」
「それも小学生の頃……というか3年ぐらい前の話だな」
中学生になるまで一緒に風呂へ入れられてた。
本当、俺たちの親の倫理感と言ったら。
「だから問題ないわよ。私の体なんて見飽きてるだろうし」
「…………」
否定はしなかった。
確かに小学6年生時点でもフユに、恥ずかしいという概念は見られなかった。
タオルで前を隠す俺とは違って、フユは常に全力勝負。タオルすら巻いてなかった。
それどころか、俺の前で平然と体を洗ったりしてたし。
少しは警戒心を持てって言うんだ。
「でもお前だって、あの頃よりは多少成長してるだろ」
背は当時よりも伸びてるし、スタイルだって小学校時代とは比べものにならない。
フユが男子に人気なのは、普通に彼女が美人だって言うのもあるんだ。
おまけに俺以外には基本的に優しいし。
「少しは自分が魅力的なのを自覚しろ」
「ふ~ん。で、ハルはどう思うわけ?」
「お、俺?」
突然振られて答えに悩む。
俺にとっては今も昔も魅力的な女の子だ。
でもたぶん、フユが聞きたいのはそういう話じゃないんだろう。
そもそも俺に聞こうとするのが間違いだ。
好意を抜きにしても俺たちの距離感はおかしい。
好きな相手の下着姿を見ても、俺なんて平然としてるし。
雰囲気としてはもう熟年夫婦の域だ。
だから感想を聞かれても。
「相変わらず地味な下着だな~と」
そんな率直な感想しか出なかった。
だって本当に地味だったんだもん。
清純そうとかそういう雰囲気もなく。
「…………」
俺の言葉にフユが俯く。
明らかに解答ミスをしたからな。
流石のフユでもあんなことを言われたら――
「ハルでもそう思うわよね‼」
あれ?
「お母さんに何度も言ってるのよ。もっと派手な下着をつけたいって。でも白しか許してくれないのよね。私だってもうすぐ高校生なんだから、バスケと同じぐらいオシャレに気だって使いたいのに」
「待て待て。一体何の話を――」
「今度の休み付き合いなさい。アンタの感想を元に新しい下着を買うわ。私の下着姿や裸を見慣れてるアンタなら、的確なアドバイスができるはずよね」
間違えたと思ったのに。気づけば、何故かフユの買い物に付き合うことになっていた。しかも女性モノの下着を買う買い物に。
やっぱり俺、異性として見られてないのかもしれない。