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第30話 not据え膳

「お前、もしかしてーーーー本当にただ、俺を″喜ばせようと″してくれてただけなのか?」


「……えっ?」


 ぴくっ。


 俺の発言に、一瞬にして発情モードが解除されて。同時に、眉が動く。


 ……どうやら図星らしい。


 だが、そのことを俺が察したことにはまだ気づいていないのか。はたまた、気づいていながらも苦し紛れか。目を泳がせて、言う。


「ち、違いますよぅ」


「お前も人のこと言えないくらい下手くそだよな。嘘とか隠し事」


「う、嘘も隠し事もしてないですぅ! ほら、そんなことより! 据え膳食わぬはなんとやらですよっ!」


「その気無く来た奴は据え膳でもなんでもないっての」


「う゛っ……」


 俺に言われて。フィオは何も言い返せずすぐに言葉を詰まらせると、そのまま黙り込んでしまったのだった。


 簡単な話だ。


 フィオはここに来て俺を襲うでもなく、誘うでもなく(さっきの発情は誘うというより俺からのド変態発言で勝手にスイッチが入ってしまった感じだった)。実際にしていたのは、本当にただの洗体で。その気が無かったことも、本人の口から直接語られた。


 ならば、コイツが風呂場に侵入してきた目的とは。実際に行動として起こしたたった一つの行動こそが、それに当てはまるということになる。


 それ即ちーーーー


「変な奴。なんで散々ド変態発言しまくってる奴がそんなことで恥ずかしがるんだか」


「あうぅ。そ、そんなことって」


「ほれ、いいから言ってみろ。なんでここに来たのか、ちゃんと自分の口で」


「……えっちな手段で誘惑するため、です」


「ダウト」


「っ……か、カイト様は意地悪です。鬼畜です……」


 普段なら「誰が鬼畜だ」とでもツッコむのだが。


 今は、しない。


 だってそう言うフィオの赤面した顔は、ただただ可愛くて。愛おしくて。


 絶対に言わせる、と。心の中でそう、決めてしまっていたから。


 そして、そんな俺の決まって動かない心に応えるように。


 彼女は細々と、口を開く。


「……したくて」


「なんだって?」


「……い……した、くて……」


「聞こえないなぁ!」


「むうぅっ!!」


 さっきまではあんなに活き活きとしていたのにな。


 今となっては羞恥心のあまりその目元は僅かに潤んでおり、もっと大きな声でと急かす俺に対して必死に凄もうとしてきたが。もはや弱々しすぎて貧弱な子犬程度にしか見えない。


 そんな子犬は、ようやく観念して。正直な気持ちを吐露し始める。


「……お礼……したくて」


「お礼?」


「ああもうっ! そうですよ! お礼ですお礼! カイト様にお礼がしたくて、それでお背中をお流ししようと忍び込んできたんですっ!!」


 赤く染めた頬を膨らませながら。ヤケになったのか、叫ぶように言った。


 お礼……ね。


 一体俺のした何が、フィオにお礼をするなどという考えを与えるきっかけになったのだろうか。


 そもそも、お礼と言うなら俺の方がしなければいけないくらいなのに。


 だってそうだろう。


 ここに来て、俺はフィオに色んなものをもらった。


 知識も、住む家も。あとは食べ物も。


 俺は、もらってばかりで。せいぜい返せたものといえば美味しい料理くらいなものだろうに。


 それでも彼女は、お礼をしたいと。そう思ってくれたらしい。まあ確かに、料理は異常なほど気に入ってくれていたようだったけれども。


 やはり、それだけではピンと来なかった。


 もしかすると、他にも何か理由があったりするのだろうか。


 頭の片隅にそんな考えを浮かべながらも。


「お礼なんてしてもらうこと、大してしてないだろ」


「っ! そ、そんなことはないです! だって、カイト様は……」


「?」


「〜〜っ!! まさかそれまで言わせるのですか!?」


 不思議そうにしている俺を見て。フィオは本気で恥ずかしそうに言う。


 さっきまでのように意地悪で深掘りしようとしているわけではない。


 だが、純粋に気になってしまっていて。


「よし、言え」


「くぎゅっ……め、命令形……ッ」


 彼女の習性を考えれば、あまりこういう物言いはしたくないのだがな。


 とはいえ、ここで引き下がってモヤモヤするのはもっとごめんだ。その胸の内を知るためにもドMを利用させてもらうとしよう。


 その目を、じっと見つめる。


 口では言わずとも、交錯する視線の中で。「逃がさないぞ」と。言い放った。


 次第に、円な瞳は様々な方向へと揺れ動き、泳いでいく。


 きっと彼女は今すぐにでも浴室から飛び出したいほどの気持ちだっただろうけれど。


 そんなことは、絶対にさせない。ーーーーさせてもらえないと、理解させる


 そのための、強い眼差し。


 思えば、こうして俺の方からしっかりと、まるで獲物をロックオンした捕食者のような目を向けるのは初めてのことだった。……向けられたことなら、ついさっきあったばかりだけれども。


 まあ、ともかく。そこまでされればもう、コイツが逆らうことなどできない。


 そもそも、命令形で何かを命じられた時点で。既に逆らえるはずがないのだ。その理由はもはや、今更語るべくもないことだろう。


「さ、逆らえない己の性癖が、憎いです……」


「はは、難儀だな」


「っう……」


 本当に憎いと思っているのなら、もっと抵抗の色を見せるべきだと思うが。


 何はともあれ、そうして。




 彼女の気持ちの吐露は、続く。

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