「初めて、だったんです。誰かといて、こんなに心がほわほわしたのは。こんなにも……誰かと、もっと一緒にいたいと思ったのは」
ぎゅっ。言いながらフィオの手に力が籠り、タオルから泡がこぼれ落ちていく。
その視線は、落ちていく泡を追うかのように俯いていたけれど。
やがてすぐに、俺の視線と交錯して。そのまま流れ込んできた表情の視覚情報は、あまりにも……
「〜〜っ……!」
あまりにも……愛おしくて。
思わず反射的にこちらから視線を外しそうになってしまい、なんとか堪える。
フィオは恥ずかしい気持ちを必死に押し殺しながらも、なんとか俺の目を見て喋ろうとしているのに。
そうさせている俺が先に目線を外すことなど、あってはならない。そう、思ったのだ。
だが、そんな俺に対し畳み掛けるように。フィオは言葉を続ける。
「うぅ。上手く言語化できません。でも、とにかく嬉しかったんです。カイト様に頭を撫でてもらったり、美味しい料理を振る舞ってもらったり。あとは、その……ド、ド変態って。罵ってもらえたことも」
「最後のは身に覚えが無いが……」
「そ、そんなぁ!? 何回か言ってますよぉ! 嘘じゃないですからね!?」
「お、おぉ」
ま、まあ確かに。言われてみれば、何回かはそんなことを言ったような……言わなかったような。
「と、とにかく! ……そんな、感じで。カイト様と過ごしたこの一日は、本当に楽しくて。何かしらでお礼したいって。そう、思っちゃったんです」
ぷしゅぅぅっ。
言葉足らずながらも言い切って。おそらく頑張って放出を我慢していたのであろう熱気が、その真っ赤な髪の靡く頭の頂点から湯気として天井に立ち昇っていく。
また、顔も。紅潮なんてレベルじゃない、さながら茹蛸のようになってしまっていて。
「う、うぅ。もう、許してくだしゃぃ……」
肉体こそ痛みに快楽を感じてしまうドM体質で、心もまた。罵られたり等々の言葉責めにはしっかり反応する彼女だが。
しかしどうやら、こういうタイプの羞恥心は対象外らしい。
その証拠に今の彼女の姿は、快楽に支配されたド変態のそれとは程遠い。
そこにいたのは、ただ恥ずかしさに身を震わせるばかりの、一人の″普通の″女の子だ。
「ったく」
普段から、こうだったらな……。
いや、それは駄目か。
だってそんなの。こんなに可愛くて、いい子で。ド変態ってデバフの一つでも無いと、あまりにもチートが過ぎる。
というか正直、そのデバフを持ってしても……
「はぁ。ほんっと、お前は色々と心臓に悪いよ」
「……? あうあうあうっ」
わしゃっ。わしゃわしゃわしゃっ。
少し強めに、その小さな頭を揺らしながら。撫で回す。
「にゃ、にゃにをーーーーへくちっ!」
「はは、そりゃバスタオル一枚でお湯も浴びてないんだもんな。寒くなるに決まってら」
本人も言っていたとおり。フィオが俺に対して抱いてくれた感情の正体はどこかちぐはぐで。本人ですら上手く言語化のできない、ふわっとしたものだった。
意地悪してもっと根掘り葉掘りしっかりと言葉にさせてやってもいいのだが。そんなことをしているうちに二人して風邪を引いてしまいそうだしな。今はやめてやるとしよう。
しばらく撫で回して、やがて手をどけて。泡まみれのタオルを受け取ると、言う。
「背中流すのはもういいから。お湯、浸かってこいよ」
「えっ? で、でも……」
「お礼なら充分貰ったから。あ、それとも残り湯に浸かっていいのかって心配か?」
「は、はい。それもです。だってカイト様、私が入る前に絶対お湯流す気でしたよね?」
「……バレてたのか」
図星である。
仕方ないだろう。残り湯なんて置いてここを出て行ってしまったら、その後何をされるか分かったもんじゃなかったんだから。
しかしまあ、少なくとも今は。その心配はいらないだろう。
「はぁ。今日は特別な。まだ身体洗い終わってないから、少なくともそれまでは実質見張れるみたいなもんだし」
「っ! か、カイト様に見張られながら……」
「…………言っとくけど、変なことし出したら即刻引っ張り出すからな」
「あうっ」
全く、油断も隙もない。
しかしそうして、しっかりと釘を刺すと。フィオは「さ、流石にこの状態で追い出されたら一溜りもありません。仕方ないですね……」なんて言って。観念した様子だった。
安堵の息を吐きつつ。掛け湯用の洗面器を手渡す。
しばらく俺が浸かって、そのうえ今の間もずっと放置されていたお湯だ。冷めていないかと心配だったが。
「んっ……あったかいです……」
どうやら、平気そうだ。
「では失礼して」
ちゃぷっ。ざぶぅっ。
フィオの小さな身体が、湯船にすっぽりと収まっていく。
男の俺が入っても脚を伸ばして余りある大きさだったからな。フィオが浸かるともっとだ。
「はふぅ( ´ ▽ ` )」
「はは、おっさんみたいな声漏らしてやんの」
……ちなみに、なんかいい感じに纏まった流れになっているが。この後俺は浴室を出た後、涎まみれになった自分のパンツを見つけて戦慄することとなる。
そして、「結局ド変態オチなのか……」と。今日一の深々としたため息を吐くことになるのだが。
「えへへ。ぽかぽかあったかいれす……」
「左様で。さて、俺も風邪引かないうちにとっとと洗っちまわないとな」
そのことはまだ、知る由もない。