「カイト様。今日はお出かけをしたいと思っています」
「( ´ ▽ ` )」
「き、聞いてますか?」
「このいりつけ、んまい」
「うぅ。そう言ってもらえるのは嬉しいですが、そろそろ戻ってきてください……」
思わずこぼれ落ちそうになる頬を押さえつつ。フィオの絶品朝ご飯に舌鼓を打つ。
最終的な献立は白ごはん、味噌汁、サラダ、肉と卵のいりつけ。
ちなみにいりつけとは、油を使わずに一度具材を乾煎りし、その後調味料を加えて煮る料理のことである。
その中でも特に肉と卵を使ったいりつけは、まさしくそのままの名で「肉と卵のいりつけ」として、日本の某中華チェーン店でもメニュー採用されていたりする。ぷりぷりの卵と肉を絡ませたこれは炒飯や餃子、回鍋肉などにも引けを取らない一品に仕上がっているので、是非ともここで初めて名前を聞いたという人も騙されたと思って一度食べてみてもらいたい。きっと気に入ってもらえるはずだ。
……と、ご飯の話は一旦ここまでにするとして。
何やら、フィオが気になることを言っていたな。
美味しさのあまり抜けそうになっていた魂をしっかりと身体に押し戻して。聞き返した。
「ん? お出かけ?」
「はい。実はそろそろ食糧庫の中身が貧弱になってきてまして。野菜や果物を採取しつつ、ついでにピクニックでもと」
「ほう。ピクニック、かぁ……」
そういえば。昨日に食糧庫から食材を取り出した時、確かに残りの在庫は随分と減っていた気がするな。
まあこの一週間、俺たち二人分の食料は全て元々の備蓄分から出していたんだもんな。むしろ一週間も持っている方がおかしいくらいだ。
「分かった。たまには運動もしなきゃだし、一緒に行くよ」
「えへへ、ありがとうございます!」
「あ、ピクニックならお弁当あった方がいいよな。後で作るよ」
「か、カイト様のお弁当……ごくりっ」
「期待に添えるよう頑張りますよ」
期待に喉を鳴らす彼女にそう答え、味噌汁を啜る。
料理の師匠として、まだまだ負けるわけにはいかない。目の前の絶品料理を超えるものを必ずやお出ししてやろうと、心に火が灯ったのだった。
◇◆◇◆
朝ご飯を食べ終え、片付けの後しばらく時間が経過して。
お昼前、午前十一時。俺たちはピクニックの準備を始めた。
フィオは必要な物の準備を。俺はお昼ご飯の準備を。それぞれ別で、手際よく行う。
そうして出掛けられる状態になったのが正午十分前。朝あれだけしっかりと食べたというのに、不思議なもので。既に小腹が空き始めていた。
二人とも頭の中には「昼ご飯を食べてから家を出てもいいのではないか」という思考がよぎっていたが、それではせっかくのお弁当の意味が無くなってしまうし、何より俺たちはご飯を食べるとついしばらくダラダラしてしまう。そのうえ最悪の場合昼寝をしてしまう恐れまであるので、なんとか堪えることにした。
「では行きましょうか」
「だな。忘れ物は無いか?」
「再三確認したので大丈夫です!」
「よし」
ふんすっ、と気合十分なフィオを横目に。採取した野菜や果物を入れるための籠を背負い、ランチボックスの入ったバスケットもちゃんと手に持って。玄関から外へと出る。
ちなみにフィオの方の荷物は、山菜を取るため専用のハサミとナイフが入ったポシェットが一つだけ。また、玄関の扉を閉めた鍵はネックレスのようにして首から下げており、やがて深い深い二つの果実の隙間へと吸い込まれていって、紐以外見えなくなってしまった。おのれ鍵め。羨まけしからん。
「ふふっ、カイト様?」
「……ナニモミテナイゾ」
「もぉ。えっち♡」
視線を気取られ、はっとして。今更ながら目線を逸らす。
フィオはそういう視線に敏感だ。見てしまえば気づかれると分かっているだろうに。抗えず視線を吸い込まれてしまうのは、やはり俺が男だからか。きっともうこればかりは遺伝子レベルで仕方のないことなのだろうな。
心の中で言い訳していると、
「……えいっ」
「っ!? な、なんだよ」
ぎゅっ。
不意に、俺の左手に何かが触れる。触れて、握ってきて。それがフィオの右手だと気づいた。
「隙アリ、です。逸れないよう、手を繋いでいましょう?」
そう言って、小さくか細くも暖かい手が、しっかりとその体温を伝えながら力を込めていく。
ぎゅっ、ぎゅっ、と俺の手の感触を確かめるように握るその動きは、どこか愛おしくて。思わず俺の口から「仕方ないな」と溢させていた。
(逸れないように……か)
ピクニックをすると決めた後。俺は、フィオととある約束をした。
その内容はたった一つ。
「では、まずは果物から行きましょうか。いつも行くスポットがありますので、ついてきて下さい」
「お、おう」
それはズバリーーーー絶対に一人で行動しないこと。
俺にとってこれから行く場所は未知の、行ったことのない場所。それも土地勘の無い者には分かりづらい森の中だ。一人で勝手に行動してしまっては、逸れてしまう可能性が往々にしてある。
加えて……
「大丈夫です。何があっても、絶対に私がお守りしますから♡」
「……ん。頼むな」
まあ、フィオと一緒なのだ。滅多な事は起こらないと思うが。
ほんの少しだけ不安な気持ちが露わになって、彼女の手を握る力が無意識に強まる。
……え? フラグが立ったって?
は、ははは、まさか。気のせいだろ。