志郎が霊峰台地を飛び立った次の日から霧は再び村を覆っていた。外の世界と分断された村に戻り、霧隠れ村は本来の意味を取り戻した。
霊峰台地の祭壇には青い光を眩く発する水晶玉が置かれていた。祭壇の近くには霧に覆われながら焔と風磨がくつろいでいる。
「しばらくはのんびりできそうだな」
風磨が呑気そうな声で言う。
「気を抜くなよ。まだどっかの邪神に騙されてここに訪れる奴がいるかも分からない」
焔が答える。
「あ!思い出した!」
突然、風磨が当然何か思い出したように大きな声を上げた。
「なんだよ、突然、いきなりでかい声だすな!びっくりするだろ!」
「思い出したんだよ。あの坊主よりも前に同じように狐に騙されてここにきた奴がいただろ?坊主と同じくらいの年頃の女だった」
「確かに、百年くらい前になるか?今にも死にそうだったからお前が神果を食わせたんじゃなかったか?」
「そうなんだよ。その女の名前をやっと思い出したんだよ!」
「なんだよそんなことか。我は全く興味はないが一応聞いておこう」
「確か雅って名前だった。今はもう死んじまったんだろうな。百年も前だしな」
「神果の力は我々の想像を超えてくることがよくあるからな、もしかしたら未だに生きている可能性もあるぞ。だからこそ、それは坊主が霊峰様になる前に、思い出してやるべきじゃなかったのか?」
「そうだよな。くそ、坊主がもし雅を知っていたらさぞかし驚いてようだろうな、思い出すのが遅かった」
「わからんぞ、この話しだって上から聞いているかも知れない」
焔は上を見上げて言った。風磨もいっしょになって上を見上げる。
「坊主―!!元気かー!!」
「坊主じゃない、今は霊峰様だ」
「あっそっか、なかなか慣れねーな」
「馬鹿天狗」
「うるせえ!糞犬!」
霊峰台地から見上げると見える、天空に浮かぶ小さな島、霊峰霊地は相変わらず丁寧に整えられ草花が綺麗に咲いている。
島の中央には巨大な樹木が生えており。巨大な樹木は大樹と呼ばれている。大樹の地上にでた巨大な根っこの部分に人の上半身が生えていた。まるで新しい枝のように。
長く伸びた白銀の髪に金色の目をした痩せ細った少年は下半身と腕が大樹と一体化している状態でも笑っていた。
「何か面白いことでもありましたか?」
蛇のように長く大きな身体の早川先生が問いかけた。
「いや、今まで避けていたけど、たまには下の世界に耳を傾けるのも面白いなって思ったんだ」
「そうですか?私もその能力が欲しいです」
早川先生が大きな身体から声を発するたびに周りの草花がびっくりしたようになびく。
「というか?早川先生いつまでここにいるの?僕がここにきてからしばらく立つけどずっとここにいるの?」
「いてはダメですか?」
「いや・・・・・・話し相手には困らないのは嬉しいよ!!」