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第41話 この先、狐、注意

 少年は毎日のように山のふもとに隠れるように佇む神社に通っている。理由は最近できた友達に会うため・・・・・・


 友達はすごく物知りで優しい。けれど人間ではない。


 鳥居をくぐり、ところどころ苔のついた石畳の道を走っていくと、本殿の前で眠そうな顔でくつろぐ大きな狐の姿があった。


「狐振!今日も来たよ!」


 家の手伝いをほっぽりだしてでも会いたい、そんな友達の名前を呼んだ。


 名前を呼ばれた狐はゆっくりと目を開けて少年の方を見る。


「やぁ、今日も来てくれたのか、嬉しいよ」


「狐振は僕しか友達がいないからね!そんなの寂しいじゃんか」


 少年は見栄をはる。少年には友達と呼べるものなどいなかった。


「最近はそうだね。ここに来てくれるのは君くらいだ。みんなこの場所を忘れてしまったみたいだ」


 少年もなぜかこの神社のことをつい最近まで忘れてしまっていた。家にいると息が詰まって、落ち着ける場所を探そうとしたら急にこの場所を思い出して辿り着いた。


「みんな来なくなっちゃったね、何年か前までは皆ここに参拝に訪れていたのにね」


「争いが無くなって私は神として必要とされなくなってしまったのさ」


「霧のせいだよね。霧が皆をおかしくしてしまったんだ」


 霧が現れてから確かに山の外からの脅威は無くなった。母親は山の外からきた武士に殺された。村を守るために多くの村人が死んだ。あの頃の恐ろしさは一生忘れることはないだろう。けれど霧が現れてから村での暮らしが幸せになったとは思えない。


「最近は父親と上手くできているのかい?」


 狐振は少年に尋ねた。


「いや、相変わらずだよ。母上が死んでから人が変わったように真面目になってさ、霧をつくった霊峰っていう神様を信仰し始めたかと思えば、今は村頭ていう役目につくために必死だよ。自分を支援してくれる民を増やすために物をたくさん配ってみたりさ!家にも毎日誰かしら来ているよ。あんなところにいたら頭がおかしくなっちゃうよ」


 少年はため息をつく。腹立たしい思いが膨らんでいく。父親のことが理解できない。なぜ霧を作った神様なんて好きになるのか分からない。母親の仇を討ちたいとは思わないのだろうか?


「狐振は昔、すごい剣士だったんでしょ?狐振夢想流も狐振の名前からつけられてるんでしょ!すごいよね」


「そんなのは遥か昔の話さ、見ての通り今の私は剣を振ることはできないよ。山と対話し、剣士の誇りと引き換えに私はこの神社の守り神になったのだから」


「なんで、そんなことしたの?剣を振るの好きだったんでしょ?」


「外の武士に勝つためだよ。そのためには皆が一丸となって崇拝できる、戦いの神がこの村に必要だと思ったんだ。私一人が強くても争いには勝てない。村が滅ぶのを防ぐために私はこの役目を引き受けたんだ」


「それで狐になっちゃったんだ」


 何度聞いても理解が追いつかない不思議な話だ。


「そういえば、時間はいいのか?もう三時間ほど経っていると思うが・・・・・・」


「え!本当?それはまずいよ!家の手伝いほっぽってきたんだから!」


 少年は狐に別れを告げすぐさま赤い鳥居の方へ向かってかけていった。少年が帰りざま狐の方を振り返ると狐はどこか寂しそうな顔をしているように見えてしまった。


 丘の上に立つ自分の家に戻ると、事態が急変していることに気づいた。かつてないほどに多くの大人が居間の囲炉裏を囲うように集まっている。そして何より驚いたのが、たくさんの武器の類が家の中に次々と運び込まれている。


「これはどういうこと?」


 少年がつぶやくと、隣にいた父親が言葉を投げかけてきた。


「これから戦が始まるのさ」


 父親の表情は真剣そのものだった。そして囲炉裏を囲む者達の顔も殺気だっている。まるで外の武士達と戦っていたあの時のような空気感。


「戦?何の為に?霧のおかげで外の武士との戦いは終わったでしょ!?」


 少年は近くにいる村人に問いかけた。


「もちろん、外の武士じゃない。私が村頭の役目になるための戦だ」


「正気じゃない。そんな役目のために村人同士が殺し合うってことでしょ!」


「そうだ!私もできればこの手段は取りたくなかった。だが向こうが争いを望むというのであればこちらも同じ手段を取らねばならない」


 向こうというのは村頭の役目を取り合う家のことだろう。聞いた話だとその家は村を武士の家柄で武闘派。そしてたくさんの武器をすでに用意して戦を起こす構えをとっているらしい。


「だからって、やっぱり村人同士が殺し合うなんておかしいよ!そんな父上を母上はどう思うか!絶対反対するに決まっている!」


 少年は怒りを抑えきれずに父親に詰め寄った。


 父親は少し驚いた様子で息子を見ると、落ち着いた声で答えた。


「分かってくれ・・・・・・しょうがないのだ。争いがない村にするためにこれが最後の戦いになる」


 少年は言葉を失った。父親の言葉には納得できなかった。


 彼は家を出て、再び神社へと走り出した。狐振に会い、何か答えを見つけたいという思いが彼を突き動かしていた。


 神社に着くと、狐振はすでに少年を待っていた。


「狐振、村がおかしくなってる。父親が村頭の座を巡って戦を始めようとしてるんだ。村人同士が争うなんて、どうしたらいいと思う?」


 少年の言葉を聞いた瞬間、狐の顔つきが変わった。そして大声で笑い始めた。その笑い方は楽しそうで、そして邪悪なものに感じた!!


「ククク、そうか!村で戦が始まるか!?よきよき!それは良きことだ!」


「急にどうしたの?狐振?村人同士の戦なんて言い訳ないじゃないか!」


「おお、少し興奮しすぎたかな。ごめんよ。我にとってあまりに都合が良いことだからな!戦が始まれば、皆が我の事を思い出すであろう。そして弱った我の身体は再び力を取り戻すことができる」


「そんな・・・・・・!」


 これまで信じていた友達が、自分の利益のために村人たちの争いを望んでいたなんて。


「お前は我の友であろう。一緒に喜ぼう!この時を我はずっと待っていたのだから」


「いや、僕は喜べないよ。君の考えは絶対におかしい」


 少年は悲しそうに狐振を見つめた。


「そうか、それは残念だ」


 狐振は顔色を変えることはなかった。


「僕は戦を止めるよ」


「そうか、お前我を見捨てるというのだな」


「うん、残念だけど、君との関係は終わりだよ」


 友達との決別がこんなに悲しいものだとは思っていなかった。今まで友と呼べる者すらいなかったのだから。


「なら、お前はいらない。死んでしまえ」


「え?」


 想像し得なかった狐振の殺気だった声に動揺した。


「お前が我の邪魔をするというのなら、お前はこの世から消えるべきだ!」


 狐振の目が黄金に光り、その体から強烈な力が放たれた。少年は恐怖で震えながらも、勇気を振り絞って言った。


「君は本当にそう思うのか?僕たちは友達だったじゃないか!」


「友達?私にとってお前は参拝者の一人に過ぎない。お前が勝手に我と自分を重ねていただけだ。本当の一人はお前だけた」


 狐振の言葉に少年は驚きと悲しみに包まれた。彼は今まで狐振を本当の友達だと思っていたのに、それはすべて自分の思い込みだったのかと絶望した。そして理解した。


「戦が起ころうとしている原因は君だったんだね。君はここに訪れる村人をたぶらかし戦に駆り立てるように仕向けたんだ。きっとその中に村頭の役目を狙う者がいたんだね」


「正解だ」


狐振は少年に向かって襲い掛かった。少年は必死で逃げ回ったが、狐振の速さには敵わず、ついには大木を背に追い詰められた。


 狐振の爪が少年の顔目掛けて振り下ろされる瞬間、なんとか狐の股を滑り込んで回避した。


 そして目指したのは本殿の中にある、祭壇に置かれた刀。ずっと気になっていた。


 狐振はいつも本殿の前から動かなかった。きっと大事な物が本殿の中にあるんだろうと思っていた。


 少年の考えは正しかった。少年が刀を祭壇から奪った時の狐振は、とり返そうと必死の形相をしていた。


「貴様!!それは我の半身なり!貴様なんぞが触ってよいものではない!すぐに元に戻せ!」


 半身という言葉がなんなのか分からなかったが、とにかく狐振にとって大切で失うとまずいものであることは確かだと思えた。だとしたら返すわけにはいかない。


「狐振!!」


 少年は大きな声で狐の名前を呼ぶ。同時に半身と呼ばれた刀を思いっきり鳥居の外に向かって投げた。


「貴様何をする!?」


 狐振はとにかく焦った様子で必死に鳥居に向かって飛んでいく刀を追いかけた。


 刀は狐振の走る速度よりも早く、あっという間に鳥居の向こうに甲高い音を立てて落ちた。


 狐振は言葉を失ったように呆然と鳥居の先に落ちた刀を眺めていた。


 少年はその間を逃さず、固まった大きな狐の横を走り抜けて鳥居を超えた。


「やっぱり、君はここから出れないんだね」


 大きな賭けだったが、直感はすべて当たっていたようだ。


 狐振はいまだ状況を飲み込めないようで、目をまんまるく開いて呆然と空を眺めていた。


「狐振、僕はもう行くね」


 そばに落ちている刀を拾い、少年は村に戻るため狐振に背を向けた。


 狐振からはなにも言葉は帰ってこなかった。ただ痛いほどの殺気を背中に感じる。

 少年は狐振がどんな顔をして自分の背中を見ているのか怖くて、振り返ることが出来ない。


 少年はただ前を向いて歩くことを決めた。山のふもとに出てからやっとの思いで振り返ると九尾の守り神社に続く道は消えていた。


 結局、村で戦が起きることはなく、少年が村に戻った時には村頭の役目は父親が担うことが決まっていた。


 話をきくと、父親と敵対していた家が敗北を認めたらしい。理由は用意していた武器が全て石になってしまったのだとか、普通は意味がわからない話だけれど、少年は狐が関わっていたんだろうと思って納得ができた。


 他の村人はきっと何が何やらわからないことだろう。父親と敵対していた家の主はきっと少年と同様に狐振に会っていたんだと思う。


 そして少年は村頭の後継として生きていくことになった。村頭はかなり大変な役目だと父親をみていれば分かる。


 少年は青年になり、そして父親の死と共に村頭となった。


 村頭になって、行ったことは二つ。どちらも村頭になる前からずっと考えていたことだった。


 一つは武器の類の廃棄。村から武器を全て無くすことにした。刀鍛冶の職人も廃業させ新たな役目を与えた。もう二度と村人同士が殺し合いをする未来をなくすために。


 二つ目は学び舎を建てることだった。自分のような暇で無知な少年少女が間違っても狐振に会うことがないように時間を潰せる場所を作ってやるためだ。別に学び舎で賢くならなくてもいい。村頭は狐振の暗躍が村に及ぼす影響を恐れた。


 学び舎が完成したと報告が入った時、すぐさま様子を見にいくことにした。


「村頭、これどうしますか?」


 学び舎の前で村人に声をかけられた。


「どうした?」


 村人は困った顔をしている。


「いや、立て看板なんですが、職人が何を間違えてか二方向に板をつけやがりまして、学び舎と反対側には道なんて無いですから、片方取り外しますか?」


 村人の報告を聞いて、村頭は自分の口角が上がっていることに気づいていた。そしてすぐさま答えた。


「いや、このままでいい、これは私に任せて君は他のことをしなさい」


 村人は村頭に頭をさげて学び舎の方へ走っていった。


 村頭はすぐさま家に戻って走り出した。家についてから2階の自室に駆け込んでたまに使う筆と墨を持って、また立て看板の元へ駆けて戻った。歳のせいか立て看板に戻る頃には膝に力が入らないほど疲れていた。


 それでも不思議と笑みが込み上げてきて、何も道のない方向をさす案内板に勢いよく筆を下ろした。


『この先、狐、注意』




 志郎が霊峰台地を飛び立った次の日から霧は再び村を覆っていた。外の世界と分断された村に戻り、霧隠れ村は本来の意味を取り戻した。

 霊峰台地の祭壇には青い光を眩く発する水晶玉が置かれていた。祭壇の近くには霧に覆われながら焔と風磨がくつろいでいる。

「しばらくはのんびりできそうだな」風磨が呑気そうな声で言う。

「気を抜くなよ。まだどっかの邪神に騙されてここに訪れる奴がいるかも分からない」焔が答える。「あ!思い出した!」突然、風磨が当然何か思い出したように大きな声を上げた。

「なんだよ、突然、いきなりでかい声だすな!びっくりするだろ!」

「思い出したんだよ。あの坊主よりも前に同じように狐に騙されてここにきた奴がいただろ?坊主と同じくらいの年頃の女だった」

「確かに、百年くらい前になるか?今にも死にそうだったからお前が神果を食わせたんじゃなかったか?」

「そうなんだよ。その女の名前をやっと思い出したんだよ!」

「なんだよそんなことか。我は全く興味はないが一応聞いておこう」

「確か雅って名前だった。今はもう死んじまったんだろうな。百年も前だしな」

「神果の力は我々の想像を超えてくることがよくあるからな、もしかしたら未だに生きている可能性もあるぞ。だからこそ、それは坊主が霊峰様になる前に、思い出してやるべきじゃなかったのか?」

「そうだよな。くそ、坊主がもし雅を知っていたらさぞかし驚いてようだろうな、思い出すのが遅かった」

「わからんぞ、この話しだって上から聞いているかも知れない」焔は上を見上げて言った。風磨もいっしょになって上を見上げる。

「坊主―!!元気かー!!」

「坊主じゃない、今は霊峰様だ」

「あっそっか、なかなか慣れねーな」

「馬鹿天狗」

「うるせえ!糞犬!」




 霊峰台地から見上げると見える、天空に浮かぶ小さな島、霊峰霊地は相変わらず丁寧に整えられ草花が綺麗に咲いている。島の中央には巨大な樹木が生えており。巨大な樹木は大樹と呼ばれている。大樹の地上にでた巨大な根っこの部分に人の上半身が生えていた。まるで新しい枝のように。

 長く伸びた白銀の髪に金色の目をした痩せ細った少年は下半身と腕が大樹と一体化している状態でも笑っていた。

「何か面白いことでもありましたか?」蛇のように長く大きな身体の早川先生が問いかけた。

「いや、今まで避けていたけど、たまには下の世界に耳を傾けるのも面白いなって思ったんだ」

「そうですか?私もその能力が欲しいです」早川先生が大きな身体から声を発するたびに周りの草花がびっくりしたようになびく。

「というか?早川先生いつまでここにいるの?僕がここにきてからしばらく立つけどずっとここにいるの?」

「いてはダメですか?」

「いや・・・・・・話し相手には困らないのは嬉しいよ!!


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