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第40話 別れ

 志郎は広場に用意された高台の上に立っていた。この景色は父親は村頭として見ていたものだ。だが志郎はただの村人として立っている。今回の事象を説明するために。


 焔と共に、九尾の守り神社があった場所から戻るとすでに、龍太郎の父親が待ち構えており、志郎のために村人を広場に集めていた。それは志郎と龍太郎の父親との間に交わされた段取り通りだった。


 広場に集まった村人は志郎が何を話すのか知らない。多くの村人が志郎が村頭を継ぐ事を発表する場だと思い込んでいることだろう。


「志郎様が村頭になられるようだ!」


 一人の村人が志郎に聞こえるくらいの声をあげた。その他何人者村人達は期待の目を志郎に向けていた。


 志郎は深い深呼吸をした後、村人達を見下ろして口を開いた。


「皆さん、わざわざ集まってくれてありがとうございます。今日はとても大切なことを言いたくて皆さんに集まって頂きました」


 ざわざわとした空気感が漂い、村人達は志郎の口からなにが発せられるのか注目していた。


「知っての通り、村頭、僕の父親は外の世界から武士が攻めてきた時、勇敢に先頭に立ち死んでしまいました。息子として誇らしい最後だと思います。ただ、父の死を招いたのも、皆さんを危険な目に合わせた全ての元凶は自分なのです。そのため、僕は村頭になる資格もなる気もないのです」


 村人たちの間に緊張が走った。志郎の言葉には重みがあり、皆の表情が一層真剣になった。村人達は志郎の言葉の続きを待ちわびていた。その中には、驚きや戸惑いの表情を浮かべる者もいた。


 志郎は自身の過ちを明かした。自身の未熟さ故に狐に騙されて霧を晴らしてしまったことを。そして春子のことも。


「霧が晴れ、外の世界の武士達が攻め込んできて皆が危険な目にあったのも、村頭である父親を死なせてしまったのも、全て僕の行動によるものです」


 泣く気など一切なかった。涙など見せれば、泣けば許してもらえると思い込んでいるただの子供だと思われる。


 そうはなりたくなかった。しかし思いとは反対に開いた瞳が潤ってくる。やはり怖かったんだろうと思う。皆の期待を裏切る感覚を今まで知らなかった。そしてこれから浴びせられる罵倒の言葉の鋭さに恐れているのだ。


「そんな・・・・・・」


 小さな落胆した声が聞こえる。


「我々を助けてくれたと思っていたのに、すべてお前のせいだったのか!」


「これは裏切りだ!!」


 志郎に向けられる鋭い言葉が聞こえる。


「旦那様を返して!!」


 そんな中、怒りに任せた声が耳に入った。聞き慣れた声だがいつもと違う声。それは凛さんの声。


 泣いていた。凛さんが父親とただならぬ関係であったことを知っている。凛さんの心の中を想像することも出来ない。憎しみを隠すこともせず怒りを露わにしている。


 普段の凛さんが優しいのを知っているからこそ、胸が苦しくなった。凛さんを宥めるように横に仁さんがいた。


 仁さんは苦笑いに近い微笑みを志郎に見せる。きっと精一杯の笑顔だったのだと思う。


 こうなることは分かっていた。霧隠れ村に住む志郎という人間でできることは先進誠意謝罪することだった。自身の過ちを認め、怒声を浴びせられ、石を投げつけられることを志郎の選んだ贖罪だった。


 村人の志郎にむける非難と怒りの声は大きさを増していく。できることならば鼓膜を破ってしまいたい。そのくらい心が苦しい。高台に立っているだけで精一杯だった。


「おまえら!!いい加減にしろよ!!」


 その声と共に、村人の視線が志郎から移った対象は龍太郎だった。あまりに村人の総意と真反対の言葉に志郎を非難している村人は驚いて龍太郎に視線が集まった。


「一人に向かってやーやー寄ってたかってみっともないんだよ!!」


 龍太郎が吠える。


「なんだと!!」


 血の気の多い村人達は今にも龍太郎に殴りかかりそうだ。そんな状況でも龍太郎は話を続ける。


「聞いていりゃ、狐に騙されたのはたまたまコイツだっただけだろ?もしかしたら俺だったかもしれないし、学び舎の他の奴だったかもしれない。コイツは運が悪いだけだったんだよ。それにおまえらもその目で見ただろ!?武士達に誰よりも前で戦い、誰よりも武士を倒して、皆んなを鼓舞していたのはコイツだったじゃないか!?俺ならあんなことできないし、こんな場を設けてわざわざ謝るなんて馬鹿しねーよ。だまってりゃバレないのに!」


 龍太郎は志郎を指差しながら馬鹿でかい声で叫んだ。


 村人たちは龍太郎の言葉に少し動揺した様子を見せた。彼の言葉には熱情と意外にも説得力があったようで、一部の村人は考え込むように首をかしげ、他の人々は静かになり、志郎に対する非難の声を和らげ始めた。


「そのくらいにしろ!龍太郎!!」


 龍太郎が飲み込みそうになっていた空気を変えたのは龍太郎の父親だった。


「聞いての通り、志郎殿は村頭になることを辞退なされた。役人の間で話し合いをした結果、次の村頭は私が務めることになった」


 龍太郎なら父親の宣言に村人は反対の声はなく、頷くしかできない様子だった。


「志郎殿も納得しておられるのだったな?」


「僕もあなたで良いと思います」


 志郎は既に先の龍太郎の父親との話し合いの場で村頭の座は譲っていた。この問いは村人に向けての良い継承が行われていると思わせるためにすぎない。


「それでは、私は村頭として最初の務めを果たそうと思う。前村頭の子、志郎を村から追放する。理由は村を壊滅の危機に陥れたことによるものだ!」


 その言葉が発せられた瞬間、村人たちの間から驚きと動揺の声が漏れた。龍太郎の父親の決断は厳しいものであり、一部の村人はその選択に納得がいかない様子を見せてくれたが。ほとんどの村人は納得しているように頷いている。拍手しているものもいた。


 志郎は沈黙していた。混乱はない、むしろ何かを覚悟しているような表情があった。目を閉じ、深呼吸を一つしてから、ゆっくりと目を開けた。


「分かりました。私が村を去ることで、皆さんが安心して暮らせるなら、それが一番です」


 志郎の声は穏やかで、覚悟を決めた強さが感じられた。


「ふざけるな!お前はそれでいいのかよ!もうこの村に戻ってこられなくなるってことだぞ!」


 龍太郎の声が響き渡る。


「龍太郎・・・・・・ありがとう。本当のことをいうと僕は君のことが嫌いだった。声が大きいし、馬鹿だと思っていた。けど、今の君にはこの村の未来を任せられる気がする・・・・・・。この村は変わらなくちゃいけないんだ。春子や僕みたいな子供が現れない、自由な村を君に作って欲しい。あと、前は殴っちゃってごめんね!」


 志郎は微笑みを龍太郎に向けて見せた。


「おまえ・・・・・・クソ・・・・・・任せろ!クソバカ野郎!!」


 怒鳴りながら龍太郎は柄にも無く泣いているように見えた。それがあまりに意外で、僕まで泣いてしまいそうになる。


「志郎よ、お前の決断には敬意を払う。だが、これからのお前の道は険しいものになるだろう」


 龍太郎の父親がそう言うと、志郎は微笑んで頷いた。


「この罪人を連れて行け!」


 すぐに龍太郎の父親は厳しい顔つきに戻り告げた。その声と共に志郎の周りを役人が取り囲み志郎の身体を取り押さえようとした。


「待て!」


 上空から役人を制しさせるように声が響き渡った。


 皆が驚いた表情で空を見上げると、そこには風磨の姿があった。彼の姿は大きく羽を広げていることもあり大きく見えた。


 村人や役人が吹き飛びそうになるほどの風圧と共に志郎の側に降りてきた。役人達は一度志郎の側から離れる。


「これはこれは風磨様。いくらあなたでも、この決断は村の総意。邪魔をしないで頂きたい」


 龍太郎の父親はすこしひきつった顔で風磨を見上げて言う。


「俺は邪魔をするつもりで来たのではない。坊主を村から追い出すことに文句はない。ただ村の外に出す務めは俺がする。それは霊峰様のご意志である」


「いや、風磨様、今回に限ってはこの裏切り者の断罪は我々に任せて頂きたい」


「そなた方は霊峰様のご意志に背くと申すのですな?それがどう言った意味を持つかよく考えてのことか?霊峰様をぞんさいに扱えば、この山の生命は失われ、結果そなたらの命運も尽きるであろう」


 村人たちと龍太郎の父親は風磨の言葉に硬直した。霊峰様の意志を無視することの重大さを理解していたはずだ。さんざん伝承として伝えられてきた。彼らは重い沈黙に包まれた。


「霊峰様のご意志は絶対です。私たちはそれに従います」


 龍太郎の父親はようやく声を絞り出し、頭を下げた。


 志郎は風磨の方を見上げ、静かに言葉を紡いだ。


「風磨、よろしく頼むよ」


 広場に集まる村人達の視線を集めながは志郎は風磨の背中に掴まった。


 役人たちは沈黙を守りながら、二人が去るのを見守った。


 村人たちの中には涙を流す者もいてくれているようだ。可哀想だと思っているのか?罪悪感なのか・・・・・・仁さんは当たり前のように泣いている。凛さんも最後には涙を浮かべて送り出してくれた。


 龍太郎はまだ納得のいっていない顔をしている。多くは静かな視線で志郎を送り出した。志郎は村を見渡し、深い息を吐いた。


 風磨が大きな羽を広げ、強力な風を巻き起こすと、二人は徐々に地面から浮き上がり、山の頂上を目指すような軌道で空へと昇り始めた。


 やがては風の音だけが二人を包み込んだ。高く、高く昇るにつれ、霧隠れ村は小さな地図の一部のように見えた。


 志郎は後ろを振り返り、村を一望した。志郎の表情には悲しみもあれば、新たな道への決意も見えた。


 風磨は志郎に聞こえる声でささやいた。


「坊主、本当によかったんだな」


「僕の意思なんだ。きっと僕が狐に出会った時からこうなることが決まってたんだって思うよ」


「そうか・・・・・・俺は坊主の決断に口を出す気はないが、霊峰様は随分と坊主に大きな使命を背負わせたものだな」


「心配してくれてるの?」


「当たり前だ。俺は焔なんかと違って思いやりのある従者だ」


「はは、そうだね」


 賑やかに風磨と話をしているうちに目的地まで辿り着いた。そこまでの時間はとても早く感じた。


 風磨が速度を徐々に落とし始め、降り立った場所は霊峰台地だった。この雲の上に広がると壮大な景色にも見慣れたものだ。

祭壇の前には焔がいて、その隣には大きな長い姿になった早川先生が待っていた。


 志郎は風磨の背中から降りると2人の元に駆け出した。


「焔!そして早川先生!2人とも待っててくれたんだね!」


「ふん、まぁな」


 そっけなく焔は答えた。


「ここから先は僕の力が必要になるからね、それに志郎くんとここでまた会うことを約束してたしね!」


 志郎が霊峰様に会い、狐を倒しに霊峰台地を後にする時に早川先生と約束していた。全てを終わらせた後またここに来ると。


「僕も早川にもう一度会えて嬉しいよ!」


 志郎は祭壇に目を向けると、狐が最後まで抱えていた水晶玉が以前あった場所に戻されていた。


「我が戻しておいた。だが霧は戻らない。やはりもうこの水晶玉の力は失われてしまったのであろう」


 確かに割れた水晶玉には以前のような青く眩い輝きは失われていて、ただの石のようだった。


「やっぱりそうなのか・・・・・・。早川先生、霊峰様はどうなったのでしょうが・・・・・・」


 早川先生の顔色を伺うように志郎は尋ねた。


「霊峰様は役目を終えられたよ。君に全てを託したときにね。霊峰様はもういない。きみが霊峰様なのだから・・・・・・」


 なんとなくそんな気はしていた。霊峰様と別れる時、霊峰様の声はすべてを悟って決心していたように思えたから。


 自身が消えてしまうことを知りながら僕に全てを託したのだろう。そして糸切れるように霊峰様の存在を感じれなくなってしまったから。


「すぐ霊峰霊地に向かいます」


 志郎は早川先生に向けて言った。


 志郎の言葉に早川先生は言葉を返す。


「最後の確認です。本当にいいんですね。霊峰として一度霊峰霊地に足を踏み入れれば前霊峰様と同様、大樹と一体化することになります。あなたはもう二度と下に降りてくることは出来ない。それでもいいんですか?」


「はい、僕の覚悟は決まっています」


「そうですか・・・・・・僕は志郎くんが霊峰様に相応しいと思っています。それは霊峰様の意思でもあります。なんというか・・・・・・」


 早川先生は珍しく言葉を選ぼうとしている。


「早川先生!!心配してくれてありがとうございます。でもそんな気をつかう早川先生は気持ち悪いですよ」


「はは、そうだね。ごめんね、志郎くん。僕はもっと軽い奴だったはずだね!」


 早川先生は笑いながら言った。


「焔!風磨!そして早川先生!色々助けてくれてありがとう!これからも村のこと宜しく頼むね!」


「俺に任せておけ!」


「ふん、いつのまにか我を呼び捨てにするのが当たり前になっておる。まぁ良い、任された」


「はは、それじゃまたね!早川先生!宜しく!」


 霊峰台地よりずっと高い霊峰霊地にむかって、早川先生は志郎をのせて飛び立った。


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