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第9話 深淵の罠

 至高の紋章ソブリン・クレストが誇る精鋭パーティたちは、南西部の洞窟の奥へと自信満々に足を踏み入れた。

 ギルドマスター・グラハムから直々に手渡された探究者の灯シーカーライト最新版攻略情報と、破格の報酬の約束が、彼らの士気を高揚させていた。


「クク、探究者の灯シーカーライトの連中がもたもたしてる間に、我らが至高の紋章ソブリン・クレストが手柄を独占するぞ!」


 先頭を歩く戦士が、地図に描かれた通路を指差し、得意げに笑った。

 地形図は実に詳細で、魔物の予想分布図まで記されている。しかも、何度も掃討されている洞窟内であるという記載すらあり、目標地点まではほぼ安全だった。


「空間歪曲があるという岩壁の先が本命だ。そこにある資源を独占し、迷宮の進行を食い止める。簡単な仕事だぜぇ」


 彼らは地図の指示通りに進み、順調に奥地へと踏み込んだ。

 出現する魔物も想定通りで、優位に戦闘を進める。複数編成されたパーティ群は確かに見事な連携が発揮された。

 しかし、深部へと進むにつれて、違和感が募り始めた。地図にないわずかな窪み、崩れたはずの岩壁が塞がっている箇所が散見される。


「おい、ここ、地図と違うぞ」

「……いや、これはただの地形変動だろう。大規模な迷宮化の初期段階なら、これくらいは起こり得る」

「まあ、そうか。広がり始めた迷宮なら、地形も安定しないよな」

「そうさ。大規模変動までに片を付ければ、何も問題はない」


 精鋭パーティ群は、与えられた情報を盲信していた。

 だが、その自信が徐々に彼らを追い詰めていく。まず、ないはずの物陰からの奇襲を受け、予期せぬ視界不良から罠を見逃した。

 隠された小部屋から敵の群れが現れ、分断の危機に陥り、時に壁がせりあがって閉じ込められた。


「クソ、なんなんだよ」

「落ち着け、地図はほとんど合っている!」


 そう、ほとんど合っているからこそ、間違いだとも断定できなかった。

 絶妙に中止を決断できない程度に、度重なるアクシデント。被害は軽微といっても良いレベルだが、心身が消耗している事実だけは無視できない。

 やがて彼らは地図には存在しない、しかし明らかに人工的な新たな通路を発見した。

 迷宮の深部へと続くその道は、薄暗く、不気味な静寂に包まれていた。


「はあ? いや、やはりおかしいぞ。……こんなものはなかったはずだ」


 その通路の先は洞窟ではなく、遺跡めいた様相である。偵察を担う身軽な斥候が先行して奥を覗く。


「おそらく罠はないと思うが……深いぞ」

「おい、明らかに情報にない領域だ。引き返すか?」

「バカを言うな、今更……地図になかったからって引き上げられるものか。それに、それこそ財宝だって期待できるんじゃないか?」


 実際のところ、既に探究者の灯シーカーライトには侵入がバレている。

 ここで中断すれば、次に挑戦するのは、向こう側が編成したパーティになるだろう。攻略の栄誉を得る機会は完全に失われてしまう。


「ここまで来たってのに、引き下がれるか。お前ら、ここで帰ったらただ働きだぞ。ここまで来るだけで、それなりの費用が掛かってる!」

「え、でもよ。これ、古い迷宮に直結しちまってる可能性があるんじゃ」

「こんな万全に整えられて、しくじって見ろ! 俺たちがどんな目で見られると思う!? マスターグラハムが許すか!」

「そ、それは……」


 降りた沈黙は苦々しいものだった。掛けられた期待、得るはずの未来は失われ、詰みあがった威名すらも色褪せるかもしれない。あのギルドマスターであるグラハムは、自分たちをどれだけこき下ろすことか。


「冒険を恐れて、なにが冒険者だ! 行くぞ!」


 リーダーはそう叫び、興奮気味にその通路へと足を踏み入れた。今までの苦労が水の泡になる。他のパーティにもそれは波及する。

 戦友と互いに顔を見合わせて、力強くうなづき合った。そうだ、自分達なら出来る。どんな苦労も一緒に乗り越えて来たじゃないか。そこには強い絆があった。


 ――それが、イエバの仕掛けた真の『空間歪曲』の罠であることを知らずに。

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