ギルドマスター・グラハムから直々に手渡された
「クク、
先頭を歩く戦士が、地図に描かれた通路を指差し、得意げに笑った。
地形図は実に詳細で、魔物の予想分布図まで記されている。しかも、何度も掃討されている洞窟内であるという記載すらあり、目標地点まではほぼ安全だった。
「空間歪曲があるという岩壁の先が本命だ。そこにある資源を独占し、迷宮の進行を食い止める。簡単な仕事だぜぇ」
彼らは地図の指示通りに進み、順調に奥地へと踏み込んだ。
出現する魔物も想定通りで、優位に戦闘を進める。複数編成されたパーティ群は確かに見事な連携が発揮された。
しかし、深部へと進むにつれて、違和感が募り始めた。地図にないわずかな窪み、崩れたはずの岩壁が塞がっている箇所が散見される。
「おい、ここ、地図と違うぞ」
「……いや、これはただの地形変動だろう。大規模な迷宮化の初期段階なら、これくらいは起こり得る」
「まあ、そうか。広がり始めた迷宮なら、地形も安定しないよな」
「そうさ。大規模変動までに片を付ければ、何も問題はない」
精鋭パーティ群は、与えられた情報を盲信していた。
だが、その自信が徐々に彼らを追い詰めていく。まず、ないはずの物陰からの奇襲を受け、予期せぬ視界不良から罠を見逃した。
隠された小部屋から敵の群れが現れ、分断の危機に陥り、時に壁がせりあがって閉じ込められた。
「クソ、なんなんだよ」
「落ち着け、地図はほとんど合っている!」
そう、ほとんど合っているからこそ、間違いだとも断定できなかった。
絶妙に中止を決断できない程度に、度重なるアクシデント。被害は軽微といっても良いレベルだが、心身が消耗している事実だけは無視できない。
やがて彼らは地図には存在しない、しかし明らかに人工的な新たな通路を発見した。
迷宮の深部へと続くその道は、薄暗く、不気味な静寂に包まれていた。
「はあ? いや、やはりおかしいぞ。……こんなものはなかったはずだ」
その通路の先は洞窟ではなく、遺跡めいた様相である。偵察を担う身軽な斥候が先行して奥を覗く。
「おそらく罠はないと思うが……深いぞ」
「おい、明らかに情報にない領域だ。引き返すか?」
「バカを言うな、今更……地図になかったからって引き上げられるものか。それに、それこそ財宝だって期待できるんじゃないか?」
実際のところ、既に
ここで中断すれば、次に挑戦するのは、向こう側が編成したパーティになるだろう。攻略の栄誉を得る機会は完全に失われてしまう。
「ここまで来たってのに、引き下がれるか。お前ら、ここで帰ったらただ働きだぞ。ここまで来るだけで、それなりの費用が掛かってる!」
「え、でもよ。これ、古い迷宮に直結しちまってる可能性があるんじゃ」
「こんな万全に整えられて、しくじって見ろ! 俺たちがどんな目で見られると思う!? マスターグラハムが許すか!」
「そ、それは……」
降りた沈黙は苦々しいものだった。掛けられた期待、得るはずの未来は失われ、詰みあがった威名すらも色褪せるかもしれない。あのギルドマスターであるグラハムは、自分たちをどれだけこき下ろすことか。
「冒険を恐れて、なにが冒険者だ! 行くぞ!」
リーダーはそう叫び、興奮気味にその通路へと足を踏み入れた。今までの苦労が水の泡になる。他のパーティにもそれは波及する。
戦友と互いに顔を見合わせて、力強くうなづき合った。そうだ、自分達なら出来る。どんな苦労も一緒に乗り越えて来たじゃないか。そこには強い絆があった。
――それが、イエバの仕掛けた真の『空間歪曲』の罠であることを知らずに。