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第8話 十二単の破瓜

◇寛文九年(1669) 伊勢亀山   胡蝶 十八歳


 胡蝶は「本当に私が人柱になれば村の人たちは傷つけないのね?」と念を押す。板倉重常しげつねは「もちろんじゃ。徳川将軍からお預かりした民草たみくさをなんで忠臣たるワシが殺す理由があろうか?」と村民の命を保証する。


 村民から安堵の息が漏れる。

 「ただし、岡本の姫がちゃんと人柱の役目をしている限りにおいては、じゃ」と不気味に微笑み、部下の武士に「姫を亀山城にお連れしろ。丁重にな」と指示する。


 武士たちが胡蝶の腕を乱暴に掴もうとすると、胡蝶はそれを払って「触らないで、自分で歩けるわ」と歩きだす。


 胡蝶は、地面に膝をつけてうなだれる庄屋喜左衛門の横を通るとき、「庄屋さま、私は気にしていないわ。それよりお母さまの供養をよろしくお願いします」とボソボソっとつぶやき、そのまま通り過ぎる。喜左衛門はうわっと泣き崩れる。



 「どういうこと?」と胡蝶は、行灯の光に揺れる亀山城の奥御殿で、目の前にいる板倉と対峙して問いただす。


 胡蝶は、薄紅・白・淡緑・薄紫・青の五衣が重なるいわゆる「十二単」を纏っている。湯浴みをしたあとに、髪を大垂髪に結われ、輝く鳳凰のかんざしが付けられている。


 板倉は獣のような目を血走らせて「徳川和子まさこ様の入内じゅだい衣装とそっくりじゃ!」と叫ぶ。


 胡蝶は「和子って、家康の孫で、後水尾天皇の中宮になった東福門院?」と口にすると、板倉は「家康と呼びつけにするな!」と頬を平手で思い切り殴りつける。きゃっと声を上げて胡蝶は倒れ込む。


 胡蝶は下から睨み上げて、「あなた何歳よ?四十年前の東福門院の入内を見てるはずないわ」と言う。


 板倉は「あぁ、そうじゃ、ワシはまだ生まれておらん。だが、曾祖父の京都所司代だった板倉勝重かつしげが入内を取り仕切ったんじゃ。お前、昔のことに詳しいようだから知っておるじゃろ」と答える。


 胡蝶は「板倉家に伝わった資料をもとにこんな馬鹿げた衣装をこしらえたってことね」と言うと、板倉は足を振り上げて、みぞおちに思い切り振り下ろす。


 「ぐぼっ」。胡蝶は胃の中身が飛び出そうなのをなんとか堪える。


 「なにが馬鹿げたことか!徳川和子様こそ、まさに朱子学の体現者。徳川のために身を犠牲にした美しき忠義者じゃ!」と今度は顎を蹴り上げる。


 胡蝶は仰向けにひっくり返る。動こうとするが、十ニ単の重さで手足が動かせない。


 板倉は胡蝶に馬乗りになると、五衣をガバッと引き裂くように押し開く。胡蝶の形のよい胸が露わになる。


 「太閤秀吉の世では、残念ながら、東照大権現様と岡本重政めは、同じサルの家臣じゃった。岡本のひ孫を犯すは、すなわち家康様の孫の和子様とまぐわうと同義」と目をとろーんとさせる。


 胡蝶が「あなた、頭がおかし…」と言いかけると、板倉は首に手をかけてぐいっと締める。胡蝶はだんだんと気が遠くなる。


 破瓜の瞬間の痛みも気絶していて記憶に残らなかった。それだけが救いだった。

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