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第16話 天国の地獄

 縛られたまま対面の形の胡蝶は「殿、覗かれております」とあるじの板倉に一応報告する。


 襖に背を向けた板倉は、にまーっとして「それは面白い」と言い、振り返りも咎めもしない。


 板倉は覗く者を意識して、あえて説明を始める。腰の動きはさらに早くなる。


 「この太夫はもとは大名の子孫なり。曾祖父のとがゆえに苦界へ堕ち、徳川の忠臣へ罪を償っておるところ」


 様々な責め苦に慣れていた胡蝶だが、この言葉は胸をえぐった。ぶわっと両のまなこから涙が溢れ出る。


 「さらにこの太夫は世の摂理に反する大いなる罪あり。それは陰陽いんようであること」と言うと、胡蝶の陽の部分を立てた爪でぎりぎりと捻じりあげる。


 「ぎゃふっ」と悲鳴を上げた胡蝶は「お、お許しください。い、板倉さま」と心から懇願する。


 板倉は「そうそう、それで良い。最近の胡蝶は慣れていたようじゃからな。ワシが気づいてないとでも思ったか」と右手で陽、左手で胸の凸部をねぶりながら、腰の動きを早める。


 胡蝶は悲鳴すら出せず、口をパクパクとさせる。


 板倉は「さぁ、そろそろ終わりにしようか。どうせ孕むことはない」と言うとさらに数回腰を深く押し込んで果てた。


 板倉はしばらくして「ふーっ」と額の汗を拭うと、「さて、覗きをする不埒な者よ、何者じゃ!」と誰何すいかする。


 襖の向こうで「ひっ」と若い男の叫び声があがって、バタバタと音を立てて階段をかけ降りる音がする。


 板倉は「ちっ、逃げたか。まぁ、今宵は一興じゃったわ」と言うと、「女将に縄を片付けるように言っておいてやる。縄は次の満月の日にも使うから置いておく」と言い、着物と風呂敷を整えると胡蝶の顔も見ず襖をしゃっと開けて出ていく。


 板倉が階段を降りるのと入れ代わりで、女将が駆け上ってくる。襖の前でなにかを拾い上げてから、畳がひっくり返された部屋を見て、「こりゃあ、金沢屋に追加料金をだいぶ載せなきゃいけないね」とつぶやく。


◇ 


 酔って夜風に当たりに茶屋の外に出た多賀一郎は、仲之町の通りに、大人四人が手をつないで囲えるほど大きな鉢に、すでに散りかけた桜の木が植えられているのを見つける。


 「すごいな、でかい」と見上げながら鉢の周りを一周する。


 そして、周囲を見回すと、「あれ?茶屋はどこだっけ?」と迷ったことに気づく。


 提灯に照らされているものの新月の夜は暗く、目を凝らしていると、二階建ての入口に入っていく金沢屋丸木五郎を見つける。


 「あっ、あそこか」とふらふらと付いていき、暖簾をくぐる。たまたま見番たちが席を外している。


 一郎はそれを特に不思議と思わず、よろめきながら、自分のために用意された二階の座敷に戻っているつもりで、階段を登る。


 襖の前に立ち、「あれ、こんなしつらえだっけ?」と思うが、襖の先から聞こえる、ギシギシという音と漏れる「あっあっ」という妖しい声に、頭が真っ白になる。


 気づけば、ねぶった指で襖に穴を開けて、覗いていた。


 室内はなぜか畳が剥がされており、灯りもともされていない中、格子窓からわずかに差す仲之町からの灯りで、女の瞳がキラッと光る。


 目と目が合う。


 間もなく男のほうが話し出す。


 「大名の子孫」「陰陽」「板倉」そして「胡蝶」…。「胡蝶?!」一郎は喉から心臓が飛び出しそうになる。


 その時、女が口をパクパクと動かす。一郎ははっきりとそれを読み取れた。


「タ・ス・ケ・テ」


 男がブルブルと身体を震わせながら女の身体をぎゅうと締める。その瞬間、はち切れんばかりに隆起していた一郎自身が、何も手を触れていないのに、若く白い「涙」を着物の中に大量に吐き出す。


 しばらくして、男が「何者じゃ!」と怒鳴りあげる。


 一郎は後ろにひっくり返り、懐の帳面を落とすと、這うように階段を降りる。


 階段の下で丸木と鉢合わせになる。丸木の後ろにいる女将がすごい形相で睨みつけてくる。


 丸木は「女将、この方は金沢屋の大切なお客様です。ちょっと迷ったようです」と平謝りして、呆然とする一郎の手を引いて外に連れ出す。

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