◇寛文十年(1670年)吉原 旧暦七月 お盆の月
四年前のお盆の月、多賀朝湖が初めて太鼓持ちを勤めた夜。吉原の揚屋茶屋二階の座敷で、その多賀一郎を、胡蝶、松尾芭蕉、そして金沢屋丸木五郎の三人が、同時にごくりと唾を飲み込み、凝視する。
しばらくの沈黙のあと、胡蝶が口を開く。
「
また、しばらくの無言のあと、丸木が「…この四人で」と、一郎が言った言葉の続きをそのまま繰り返すと、一郎は黙って大きく頷く。
芭蕉が両手の拳を天井に突き上げて、「朝湖くん、最高!オイラ燃えてきた。京都でガッチリ、俳諧師としての名前と実力を高めて、江戸に戻ってくるよ!」と叫ぶ。
胡蝶も顎を上げて、目から涙が溢れないように、天井をしばらく見つめてから、「この四人で…ね…」とつぶやくと、顎をひいて、一郎を正面から見据える。
胡蝶は「一つ条件があるわ」とキッパリと言う。その声に、張り詰めたものが含まれているのを感じ、つぶやきを耳にした丸木は身体をさらに小さくする。
胡蝶は、芭蕉と丸木が狩野派の会に「ちょっと顔を出して」と頼んできた時にブチっと切れた日のことを思い出していた。
呑気な芭蕉に怒りをぶつけたあと、私はこいつになんて言ったんだっけ?
〈怖いよ。怖いよ。あぁ私はあいつが怖い。板倉が来ている夜に、ちょっと顔を出せ? あいつがそんな私の心の揺れに気づかないとでも思っているのかい。だとしたら金沢屋、あんたは悪人にもなれない、とんだ
クスッと少しだけ口角を上げた胡蝶は、顔を丸木に向けて続ける。
「私のやることに対して、金沢屋が…」
胡蝶の瞳が、丸木の顔を真っ直ぐに見据える。
「…絶対に謝らないこと。これからすることだけでなく、過去のことについても。それが条件よ」
驚いた丸木は、胡蝶の顔を見て、ブワッと涙を浮かべ、顔をくしゃくしゃにする。胡蝶の言葉が、彼の心の最も深い部分に触れたのだ。
「こ、胡蝶
鼻水も垂らした丸木が、震える声で言う。
胡蝶はフンと鼻を鳴らし、「やめてよ、様なんて、気持ち悪い。
「金沢屋、あんたはこれから…道化師になるんだよ。まずは、役に応じた格好から始めることだね」