日本国内で、毎年およそ8万人が行方不明になるという。
そのうち7割は数日で見つかるが、残りの2万人以上は、二度と姿を見せない。
荷物も財布も置いたまま、まるで部屋ごと消えたように。
街頭カメラに最後の姿を残し、その先は空白だ。
ニュースは報じない。SNSもすぐに忘れる。
誰も、彼らが「どこへ行ったのか」を知ろうとしない。
まさか俺が、その数字に数えられるとは思わなかった。
——
マンションの6畳。遮光カーテンの隙間から漏れる薄い光。
ゲームのバトルに勝った瞬間、親の声が脳裏に響く。
「役立たず! そんなゲームで何になる!」
コントローラーが手から滑り、床に落ちる音。
それが、俺の最後の記憶だった。
白い光が視界を飲み込み、俺は消えた。
***
「……ようこそ、召喚されし星の使者よ」
目を開けると、目の前に金の冠を戴いた男。
石造りの広間。壁には星の紋章が輝き、松明の炎が揺れる。
床には金色の魔法陣。光の粒子が俺を包む。
空気は重く、肌がピリピリする。
「ここは……どこだ?」
男の声が響く。
「アストラルド帝国。君たちの言葉で言う、異世界だ。我々は、星の導きにより、救世主の力を持つ者としてあなたを選んだ」
銀髪の女が男の後ろで俺を睨む。
「また異世界人か」と呟く声。冷たい視線。
心臓が跳ねる。
現実じゃ誰も俺を必要としなかった。
ネット友達にも裏切られ、親にはゴミ扱い。
なのに、ここでは「選ばれた」と呼ばれている。
心の奥で、何かが熱くなる。
でも、本当に、俺でいいのか?
***
その夜、俺は白い石壁の塔に移された。
窓から見えるのは、星の光が反射する巨大な渓谷。
銀河が地面に落ちたみたいだ。
ふと、対岸で小さな光が点滅した。
6回、短く、ゆっくり。
「なんだ、あれ……モールス信号みたいだ」
ゲームで覚えた知識が頭をよぎる。
仲間? それとも、罠?
背後で、銀髪の女が低い声で言う。
「ゾルティスの動きに気をつけろ。あの渓谷は、かつて異世界人が灰にした場所だ」
灰? どういうこと?
聞き返そうとしたが、彼女はもういなかった。
静かな渓谷に、ただ夜が満ちていく。
(第1章 第2話に続く)