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第2話 星の点滅 (前編)


 白い石造りの監視塔。

 星刻の渓谷を見下ろす窓から、冷たい風が吹き込んでくる。


 昨日まで日本の6畳間でゲームに逃げ込んでいたのに、今は異世界の塔に閉じ込められている。

 閉じこもっていた場所が、地球から異世界に変わっただけだ。


 俺TUEEもないし、魔法も英雄もラスボス退治もない。もちろん、ハーレムだってない……。

 ないない尽くしのなかで、唯一あるものは、食事に困らないことだった。


 20畳ほどの広さに、ベッド、机、炊事場があり、下の階には風呂とトイレがある。


 その炊事場には、フードプリンターのような装置が置かれていて、そこから食べ物が出てくる。

横に置かれた太めのファイルから選べるレシピは、


 オムライス、味噌汁、ペペロンチーノ、サムギョプサル、タコス、リゾット、パエリア、ボルシチなどなど、世界の料理が食べ放題だ。


 悪くはない。食事は大事。とても大事……でも、それだけかって。

 世界一周旅行をしているみたいで、異世界感は薄いんだよな。


 金の冠を戴いた指導者ゼノヴィスが、「救世主」だの「星の使者」だのと持ち上げてくれたが、なんだかただの飾りのように思えてくる。

 でも、銀髪の魔術師リリアナの冷たい目だけは忘れられない。


 「異世界人か」俺をまるで道具扱いしたあの言葉が、耳に残っている。


 昨夜、渓谷の対岸でちらりと見えた光。


 6回、短く点滅した。

 ゲームで覚えたモールス信号っぽいけど……まさか。


 リリアナの言葉が頭をよぎる。

 「ゾルティスの動きに気をつけろ。あの渓谷は、かつて異世界人が灰にした場所だ」


 灰? 何だ、それ。

 胸の奥がざわついたが、彼女は続けた。


 「この星、ルクセリオンには異世界人が二人同時に召喚される。ゾルティス側にもお前と同じ異世界人がいる。だが、同郷だからといって気を許すな。死ぬぞ」


 なんだよ、異世界人がもう一人って。

 特別感がゼロって、俺、拗ねてもいいよね?


 そんな、ないない尽くしの俺に、やがて思ってもみない転機が訪れることを、まだ知らなかった。



       ***


 監視塔の部屋は、堅牢な石壁に囲まれた室内。

 白い石の壁には、三本の剣の周りに星が散りばめられた紋章が彫られ、微かに光を放つ。


「これ、魔法の光だよな? いいな。魔法、使いたかったな……」


 俺の呟きに、誰も答えない。

 天井には、星座を模した装飾が広がる。

 ベッドは硬く、毛布は薄いけど、どこか荘厳で、俺には似合わない。


 窓の外には、3キロ先まで続く星刻の渓谷。

 夜になると、岩肌に星の光が反射して、銀河が地面に落ちたような輝き。

 綺麗だけど、 冷たくて、胸が締め付けられる。


 今日の食事。

 トルティーヤにケバブの肉を挟み、刻んだ野菜をのせて、たっぷりのガーリックヨーグルトソースをかけて食べた。

 ちょっと変わった組み合わせだけど、意外とうまい。悪くない。

 俺TUEEはないけど、俺IKETERUUじゃない?




 朝、リリアナが部屋を訪れた。

 銀髪は魔光に揺れ、氷のような青い瞳がこちらを射抜く。


 自己紹介はあっさりしていて、「アストラルド帝国の魔導師、リリアナ・クレイモアだ」とだけ名乗った。

 どうやらこの世界では、「魔導師」「魔導士」「魔道士」という順に階級が分かれているらしく、彼女はその最上位にあたるらしい。


 リリアナは淡々と、俺の「任務」について説明を始めた。


 それは渓谷の中央にある、直径10メートルの円形装置、《星刻の祭壇》を“守る”こと。


 「魔力の安定装置」とか言ってたけど、詳しくは教えてくれなかった。

  ゾルティス連合――対岸の敵――が祭壇を狙ってる、って。


「星の光で魔力を強化する祭壇がある。失敗は許されない」


「……マジか」彼女の言葉に、なんか重いプレッシャーを感じる。


「ゾルティスは狡猾だ。君の力を試すような罠を仕掛けてくる」リリアナの声は冷たかった。「過去の召喚者も、信じたせいで失敗した。覚えておきなさい」


 失敗?

 それ、死んだって意味じゃないよな?


 俺、ただの引きこもりだぞ。

 ゲームの知識しか取り柄ないのに、なんでこんな話に巻き込まれてんだ?

 でも、思う。

 現実じゃ、親に「役立たず」って怒鳴られて、ネット友達にも裏切られた。

 ここでは、少なくとも「必要」とされてる。

 たとえ、怪しくても。       


 5年の任期が終われば、帰還するか、ルクセリオンで生きていくかを選べるらしい。

 今のところ、まだ答えは出ていない。


 だからこそ、この異世界を、思いきり満喫しよう。

 食事うまいし。


       ***


 昼間、塔の地下に案内された。

 リリアナが「君が使う道具がある」と言う。


 塔の内部には昇降機があり、魔石で動くらしい。

 石の階段もあるが、30メートル近くある塔の昇り降りに、階段とか、無理ゲー過ぎる。


 昇降機を降りた先には、薄暗くて埃っぽい部屋があった。

 壁際には、まるでSF映画のセットみたいな機械が並んでいた。

 古びた銃器、ボタンだらけのコントローラー、無骨なモニター。

 どれも錆びついてはいるが正直、ちょっとワクワクした。


「これは、過去の異世界人が残したものだ」リリアナの説明が続く。「我々には使えないが、君には扱える。星の導きが、そう告げている」


 マジか。

 こういうのを待ってたんだよ。


 俺TUEEはないってあきらめてたけど、もしこの中にすごい武器とか装置があれば、ワンチャンあるかもしれない!


 試しに、机の上にあった薄い四角い装置を手で触れてみる。

 前に画面があって、ボタンもある。


 ……まさか。テレビか!?


 近くに転がっていたリモコンを拾い、ボタンを押す。


「……」


 もう一度、押す。


「……」


 うんともすんとも言わない。慌ててテレビの裏に手を回す。


 コードが繋がっていない!


「ねえ、電源とアンテナってない?」


 本気で訊いてしまった俺に、リリアナは冷たい目を向けて言う。


「なんだ、それは?」


 ……終わった。完全に終わった。


「おい先人の異世界人、てめえ何作ってんだよ! 意味ねぇだろこんなの!」


 思わず叫んだ俺に、リリアナが一瞬、眉を下げて目を細める。


「昔の召喚者も、同じようなことを言っていた。……テレビは、そんなに大事か?」


 その声には、ほんの少しだけ悲しみが混じっていた。



(第1章 第3話につづく)


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