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第3話 星の点滅 (後編)


「昔の召喚者って?」


 俺がそう聞くと、彼女はふいに顔を背けた。


「五年前、ゾルティスの罠に嵌められて私の恋人が死んだ……アレンだ。ゾルティスの召喚者と接触して、裏切られたんだ」


 そのときのリリアナの瞳。初めて見せた、揺れる感情。


「信じるな、ツバサ。対岸は敵だ」


「人間が召喚されるこの世界で、「敵」って誰のことなんだよ……」


「もういい、忘れなさい。任務に集中して」


 そのとき、机の隅に一枚の古い紙が落ちていた。

 英語と日本語が混ざった、乱雑な手書きのメモ。

 そこには、信じられない言葉が書かれていた。


「ニュークリア……ウェポン?」——核兵器?


 いや、まさか。

 こんなファンタジー世界に、そんなものがあるわけない。

 誤訳か、誰かの悪ノリだろう。……けど、「灰」という文字が妙に引っかかった。


 それがこの世界に「過去の誰か」が何かを残した証拠のような、そんな気がした。


 隣には光信号機らしき装置が置かれていた。

 ペンライトを大きくしたような筒に、押し込むタイプのレバーがついている。

 レバーを押すと、外へ光を飛ばす仕組みらしい。


 魔法版の懐中電灯……?

 いやいや、意味ねえだろ。


 もっとこう、ビームソードとか作ってくれよ。


「なあ。冒険者とか、スライムとか、ボスモンスターとか。知ってる?」


「なんだそれ、食べ物か?」


「……いえ、なんでもないです」


 でも、こういう光の信号って、ゲームでモールス信号を覚えた俺にはちょっと懐かしい。


       ***


 夜。

 塔のデッキから渓谷を見下ろす。


 星の光が岩肌に反射して、ゲームのワンシーンみたいだ。

 でも、俺はプレイヤーじゃない。きっとただの駒だ。


 そのとき、対岸で光が点滅した。

 今度は、5回の短い点滅、ゆっくりとした間隔だった。


 心臓がドクンと跳ねる。

 モールス信号を思い出す。5回……「元気?」なんて意味だったか?

 いや、違う。でも、どこか子どもっぽい感じがする。


 頭の中にリリアナの声が響く。「ゾルティスの罠だ」


 でもさ、罠ならもっと派手にやるだろ?

 こんな地味な点滅だけの罠なんて、意味があるのか?


 そのとき、渓谷に黒い霧が広がり始めた。

 まるで生き物みたいにうねりながら、こちらの塔へと迫ってくる。


 背筋がゾクリとした。


「ゾルティスの魔法だ!」


 リリアナが部屋に飛び込んできた。「すぐに中に入れ!」


「これが……魔法?」


 霧が窓に触れた瞬間、ガラスがビリビリと震える。

 頭の中に、誰かの囁きのようなノイズが走る。「裏切れ……信じるな……」


 吐き気すら覚える、嫌な気配。


「ツバサ、その光信号機を使え!」


 リリアナの声に、俺は反射的に動いた。

 机の上の装置を手に取り、レバーを強く押し込む。


 ゲームのコントローラーのように、自然に指が動いた。


 まばゆい白光が渓谷に走る。

 霧がそれに触れた瞬間、シュウッと音を立てて消えた。


「……これ、すげえじゃん?」


 興奮した俺に、リリアナが鋭く言い放つ。


「油断するな。ゾルティスは、こんな小細工で終わる相手じゃない」


「懐中電灯も悪くないけど、やっぱ魔法のほうがカッコいいよな……」


 そう呟くと、リリアナは目を細めた。


「星の導きは、魔法を超える力だ。覚えておきなさい」


 彼女は続けて言った。

 黒い霧が現れたら、光信号機や別の「兵器」を使えと。


「兵器?」


「そうだ。この地には、かつての異世界人が残した装置がいくつかある。だが、我々ルクセリオンの者には使えない。地下の資料室にマニュアルというものがある。操作は自分で覚えるんだな」


「……大雑把ですね」


「ふん。我々には魔法がある。異文化の遺物など頼らん。明日、いくつか見せてやる。今夜はもう休め」


 リリアナはそれだけ言うと、振り返りもせずに出ていった。


「異世界で兵器かよ……イメージ狂うな。魔法、使いたいんだけど」


 ぼやきながら、再びデッキへ出る。


 夜空に、二つの星が浮かんでいた。

 一つは月のように明るく、もう一つはそのそばに静かに寄り添っていた。


 そのとき、対岸でまた光が点滅する。


 5回、ゆっくり。


 ……さっきと同じだ。


 霧なんか関係ないって、言ってるみたいに。

 思わず、レバーに手を伸ばす。


 ゲームでフレンドとチャットしてた頃のことを思い出す。

 最初は警戒してたけど結局、裏切られた。


 また、同じ過ちを繰り返すのか?


 でも、この光……なんか、嫌いじゃない。

 指に力を込める。


 いや、寸前でやめた。


 リリアナの言葉がふと浮かぶ、対岸は敵。


 深く息を吐き、デッキを離れる。


 さて、もう光のことなど忘れて。

 今は、晩飯のことを考えよう。


「今日は、アレを食べよう」


 細長いバゲットに、ハムとチーズ、トマト、バジル。

 最後にオリーブオイルをくるっとひとまわし。


 異世界版カプレーゼサンド。


 外はカリッと香ばしく、中はしっとり。

 異常にうまい。誰だよこれ作った異世界人。センスあるじゃん。


       ***


 【ゾルティス連合——ダークヘイヴン】


 黒岩の監視塔。


 レイラ、16歳。アメリカで孤児として育った。彼女は今は、ダークヘイヴンにいる。


 窓の外で瞬く、星刻の渓谷。

 彼女は、光信号機のレバーを握る。


 アメリカの孤児院で、懐中電灯で遊んでいた記憶がよみがえる。


 あのとき、誰かが光を返してくれたら、どんなに嬉しかっただろう。


「……誰か、答えてよ」


 レバーを握る。

 5回、ゆっくりと。


「あっ!」


 一瞬、対岸で光が見えた気がした。


 じっと目を凝らす。……けれど、光はもう二度と灯らなかった。


 ため息が漏れる。


 黒ローブの男、カルヴァスが背後から静かに言う。


「レイラ、アストラルドと連絡は取るな。取れても、それは罠だ。忘れろ」


 レイラは唇を噛みしめる。

 でも心の奥では、なお願う。


 ——誰か、答えて。


       ***


【アストラルドの監視塔】


 ベッドに寝転びながら、俺は考える。

 この世界、なんかおかしい。


 星刻の祭壇、ゾルティスの霧、異世界人がふたり、そして核兵器の紙。

 リリアナの話、全部がどこかで繋がっている気がする。


 俺は「救世主」として召喚された。


 でも、それって本当か?

 あの光の向こうにいる奴は敵なのか?

 それとも、俺と同じ、ただの駒か?


 渓谷の星が、静かに瞬いている。


 ——俺の答えは、まだ出ない。



 このときは、まだ知らなかった。

 俺たちが握る“鍵”が、世界を焼き尽くすかもしれないことを。



(第1章 第4話に続く)


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