星刻の渓谷。
朝日が岩肌に反射し、銀河のように輝く。
異世界・アストラルド帝国。
監視塔のデッキで、俺はぼんやりとその景色を見ていた。
対岸に、光。
5回、ゆっくりと点滅する。
昨夜と同じ。ゾルティス連合の誰かが送ってきた信号。
敵か? 味方か? よく分からない。
「朝っぱらから、何がしたいんだ?」
でも、なんか不器用で、笑える。
銀髪の魔術師・リリアナは言っていた。「信じるな。あの光は、お前を壊す」と。
それでも、この光、俺は嫌いじゃないんだ。
今夜また光れば……俺はどう答える?
朝食はひねりなしのシンプルなメニュー。
パンと目玉焼き、そしてホットココア。
パンはなんとなく分かる。でも、卵ってどう作るんだろう。
ニワトリ的な生物、いたか? 代用素材かな……?
そんなことを考えていると、リリアナに呼ばれた。
監視塔の下。
白い石壁の塔が天に向かってそびえ立ち、ビルの10階建てくらいはありそうだった。
その周囲を同じ高さの深い森が囲んでいる。
目の前には切り立った崖。渓谷を吹き抜ける風が、時折うねるような唸り声を上げていた。
「今日は、渓谷を守るための兵器を見て周る。しっかり覚えろよ」
リリアナはそう言い残すと、さっさと歩き出す。
着いてこいってことか。
……きれいな顔して、あれか。ツンデレってやつ?
まあ、俺みたいな凡人には縁のない美人さんだ。
彼女のあとについて歩く。
最初こそ「近代兵器キター!」と興奮したが、そのうち無数の装置に足が棒になる。
「場所は覚えたか。毎日点検する必要はないが、三、四日に一度は見て回るように」
「……あ、はい」
マジかよ。すげー歩いたぞ。
しかも、映画やゲームでしか見たことないような——CIWS(自動迎撃装置)や、スマートミサイルみたいな武器。
四角いランチャーが蜂の巣のように並び、渓谷の奥を睨んでいた。
「なあ、リリアナさん。これって全部、召喚者たちが作ったのか? 弾とかどうなってるんだ?」
「そうだ。過去の異世界人が作った兵器だ。あと……弾? なんのことか分からんが、魔石のおかげで、弾が尽きることなく撃てるそうだ」
「……マジで? 弾無限とか、チートじゃん! もしかして俺TUEEキター!」
リリアナが冷たい視線を向けながら、「これが、この兵器を作動させる装置だ。異世界人が“タブレット”と呼んでいたらしい」と言って差し出してきた。
スマホを一回り大きくしたような板状の端末。
「基本、敵兵や魔法が来たら自動で作動する」
「らしいって、どういうこと?」俺は思わず聞き返した。「敵なら問答無用で攻撃するの?」
「そうだ。我々には魔法があるが、異世界人にはこれがある。お前が対処しろ」
「……ちょっと待って。対処って、何をどうしろって?」
「殺せ、という意味だ」
「……うそ、マジかよ……」
開いた口がふさがらない。
遊びじゃない。引き金を引けば、人が死ぬ。
リスポーンも、やり直しもない。
しかも、俺も死ぬかもしれない。
「あの、一つ聞いてもいいですか」
「なんだ?」
「仮に、敵の魔法とかに当たったら……俺、死にます? 死んでも生き返ったり、大丈夫だったり……?」
リリアナは鼻で笑って、すっと目を細めた。
「ツバサ。昨夜の光信号……触れたな?」
彼女の声は鋭い。でも、どこか優しさが混じっていた。
「……返事はしてないけど。でもなんか、敵っぽくはなかった」
リリアナが、ほんの少しだけ笑った。
「アレンも、同じことを言ったよ。……バカみたいにね」
一瞬だけ、彼女の目が柔らかくなる。
時おり見せる、リリアナの人間らしい顔。
だが、彼女はそれ以上何も言わず、背を向けた。
俺の問いにも、答えないまま去っていった。
つまり、そういうことなんだろう。
この異世界では、死ぬと終わる。
セーブも、ロードもない。ゲームじゃない。
渓谷を見下ろす俺の目が、少し変わった気がした。
兵器は、監視塔を挟んで左右十基ずつ、合計二十基。隣同士をカバーするように設置されている。
ここを戦場にする気満々だ。
素人の俺にだって、分かる。
これ、どう考えてもオーバーキルだろ。
(第1章 第5話に続く)