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第4話 光の言葉 (前編)


 星刻の渓谷。

 朝日が岩肌に反射し、銀河のように輝く。


 異世界・アストラルド帝国。

 監視塔のデッキで、俺はぼんやりとその景色を見ていた。


 対岸に、光。

 5回、ゆっくりと点滅する。


 昨夜と同じ。ゾルティス連合の誰かが送ってきた信号。

 敵か? 味方か? よく分からない。


「朝っぱらから、何がしたいんだ?」


 でも、なんか不器用で、笑える。

 銀髪の魔術師・リリアナは言っていた。「信じるな。あの光は、お前を壊す」と。


 それでも、この光、俺は嫌いじゃないんだ。

 今夜また光れば……俺はどう答える?


 朝食はひねりなしのシンプルなメニュー。

 パンと目玉焼き、そしてホットココア。


 パンはなんとなく分かる。でも、卵ってどう作るんだろう。

 ニワトリ的な生物、いたか? 代用素材かな……?


 そんなことを考えていると、リリアナに呼ばれた。


 監視塔の下。

 白い石壁の塔が天に向かってそびえ立ち、ビルの10階建てくらいはありそうだった。


 その周囲を同じ高さの深い森が囲んでいる。

 目の前には切り立った崖。渓谷を吹き抜ける風が、時折うねるような唸り声を上げていた。


「今日は、渓谷を守るための兵器を見て周る。しっかり覚えろよ」


 リリアナはそう言い残すと、さっさと歩き出す。

 着いてこいってことか。


 ……きれいな顔して、あれか。ツンデレってやつ?


 まあ、俺みたいな凡人には縁のない美人さんだ。


 彼女のあとについて歩く。

 最初こそ「近代兵器キター!」と興奮したが、そのうち無数の装置に足が棒になる。


「場所は覚えたか。毎日点検する必要はないが、三、四日に一度は見て回るように」


「……あ、はい」


 マジかよ。すげー歩いたぞ。

 しかも、映画やゲームでしか見たことないような——CIWS(自動迎撃装置)や、スマートミサイルみたいな武器。

 四角いランチャーが蜂の巣のように並び、渓谷の奥を睨んでいた。


「なあ、リリアナさん。これって全部、召喚者たちが作ったのか? 弾とかどうなってるんだ?」


「そうだ。過去の異世界人が作った兵器だ。あと……弾? なんのことか分からんが、魔石のおかげで、弾が尽きることなく撃てるそうだ」


「……マジで? 弾無限とか、チートじゃん! もしかして俺TUEEキター!」


 リリアナが冷たい視線を向けながら、「これが、この兵器を作動させる装置だ。異世界人が“タブレット”と呼んでいたらしい」と言って差し出してきた。


 スマホを一回り大きくしたような板状の端末。


「基本、敵兵や魔法が来たら自動で作動する」


「らしいって、どういうこと?」俺は思わず聞き返した。「敵なら問答無用で攻撃するの?」


「そうだ。我々には魔法があるが、異世界人にはこれがある。お前が対処しろ」


「……ちょっと待って。対処って、何をどうしろって?」


「殺せ、という意味だ」


「……うそ、マジかよ……」


 開いた口がふさがらない。

 遊びじゃない。引き金を引けば、人が死ぬ。

 リスポーンも、やり直しもない。

 しかも、俺も死ぬかもしれない。


「あの、一つ聞いてもいいですか」


「なんだ?」


「仮に、敵の魔法とかに当たったら……俺、死にます? 死んでも生き返ったり、大丈夫だったり……?」


 リリアナは鼻で笑って、すっと目を細めた。


「ツバサ。昨夜の光信号……触れたな?」


 彼女の声は鋭い。でも、どこか優しさが混じっていた。


「……返事はしてないけど。でもなんか、敵っぽくはなかった」


 リリアナが、ほんの少しだけ笑った。


「アレンも、同じことを言ったよ。……バカみたいにね」


 一瞬だけ、彼女の目が柔らかくなる。

 時おり見せる、リリアナの人間らしい顔。


 だが、彼女はそれ以上何も言わず、背を向けた。

 俺の問いにも、答えないまま去っていった。


 つまり、そういうことなんだろう。

 この異世界では、死ぬと終わる。

 セーブも、ロードもない。ゲームじゃない。


 渓谷を見下ろす俺の目が、少し変わった気がした。


 兵器は、監視塔を挟んで左右十基ずつ、合計二十基。隣同士をカバーするように設置されている。

 ここを戦場にする気満々だ。


 素人の俺にだって、分かる。

 これ、どう考えてもオーバーキルだろ。



(第1章 第5話に続く)


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