【ゾルティス連合、ダークヘイヴン】
黒い岩の街がざわめいていた。
星霧の祝祭。市場は種族を越えた賑わいに包まれている。
獣人の露店では子供たちがリンゴを奪い合い、エルフの音楽が空に響く。
この街は、地球よりも種族が混ざり合っていて、ずっと温かい。
「……あの子たち、今どうしてるかな」
レイラは、ふとアメリカの孤児院で笑い合った後輩たちを思い出した。
そして、ゆっくりと塔へ歩き出す。
遠くにそびえる尖塔。
あれが破られれば、ダークヘイヴンは終わる。
「それだけは、絶対にダメ……」
カルヴァス――黒いローブの指導者――の言葉が脳裏をかすめる。
「アストラルドの罠だ。忘れなさい」
でも、心の奥でざわめく何かがある。
間違っている。そんな気がしてならない。
市場の端で、ヴェルザンディの声が耳に届く。
「祭壇の秘密、そろそろですね。封印の鍵は召喚者。彼女にはしっかり働いてもらいましょう」
隣で、ゾルティス協議会委員長・レイドックが嗤う。
「レイラは戦略の鍵だ。地球? もう関係ない。我々の栄華のために尽くしてもらう」
関係ない……?
地球が関係ないって、帰れないってこと?
そんなの、聞いてないよ……。
***
【アストラルド、監視塔】
昼間、俺は地下の資料室にいた。
リリアナに連れられて。
「祭壇の歴史を知れ」と言われたけど、埃まみれの古文書しかない。
その中で、一冊の表紙が目に留まった。
《比翼の混沌》――30年前、召喚者が封印を破ろうとした事件。
「灰と炎に包まれた渓谷」
また、「灰」だ。あの核兵器の紙が頭をよぎる。
リリアナが静かに口を開く。
「祭壇は、魔力を安定させるだけじゃない。……禁じられた力を封印している。だが、それ以上はお前が知る必要はない」
またそれかよ。
興味だけ引いて、何も教えない。俺って、ただの駒か?
その時だった。塔が揺れる。
渓谷の向こう、白い光が走る。
鋭く、まるでレーザーのようだ。
「攻撃しろ、ツバサ! ゾルティスが動いた!」
リリアナの叫びに、俺はタブレットへ飛びつく。
ゲームのコントローラーみたいに、指が自然に動く。
CIWSが唸り、光の矢を放った。
黒い霧が押し寄せてくる。
また、あのノイズが頭をかすめる。
「信じるな……裏切れ……」
気持ち悪い魔法だ。
でも、指は止まらない。
索敵モードを魔術に切り替え、最大火力を選ぶ。
魔石がある限り、弾は尽きない。まるでゲームだ。
光の弾が霧を切り裂く。
「……やったか?」
「違う。ただの牽制。ゾルティスは本気じゃない」
リリアナが肩を落とす。
あの光信号の相手が、これを仕掛けた?
***
【夜・ダークヘイヴン】
レイラは塔に立っていた。
祝祭の灯りが、街を星のように照らす。
手元の信号レバーに、そっと触れる。
5回、点滅。
静かに、慎重に。
返事はない。
カルヴァスの声が蘇る。「アストラルドは敵だ」
でも、本当に?
彼女はレバーを握り直す。
7回、短く不規則なリズムで。
「You……friend?」
星がまたたくように、信号を送る。
息を止めて、対岸を見つめた。
***
【アストラルド、監視塔】
7回の点滅が目に入る。
不規則なリズム。だけど、何か知ってる。
モールス信号……? いや、英語だ!
「You……friend?」ってことか?
マジか。ちょっとテンション上がる。
昔、ゲームでフレンドと英語でやりとりしたことがあった。
裏切られたけど、楽しかった。
一度くらいなら――。
俺はレバーを握り、8回点滅で返す。
「Yeah……friend!」
すると、向こうからも光が返る。
3回……え? ズレてる?
思わず笑いそうになる。
不器用だけど、なんか……いいじゃん、こういうの。
その時だった。渓谷の奥で白い閃光が爆ぜる。
別の場所からの攻撃。
タブレットを見ると、いくつかの兵器が勝手に稼働していた。
索敵モードが自動で反応したらしい。
黒い霧と白い光がぶつかり合う。
まるで戦争。
テレビで見たドローン攻撃の映像を思い出す。
画面越しに無表情で戦う兵士たち。
……今の俺と、同じじゃん。
霧の向こうにいるのは誰だ?
光を送ってきた奴? それとも……俺と同じ、駒か?
リリアナの言葉が胸を刺す。
「騙されるな」
さっきのやり取りが、罠だったとしたら?
信じた俺が、甘かった?
「クソ……騙されてたまるか」
今日の夕食:鮭の塩焼き定食(日本)
香ばしく焼けた皮がパリッと音を立てる。
ほかほかの白ごはんに、脂ののった鮭がよく合う。
「やっぱり日本食は最高だな!」
(第1章 第6話に続く)