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第6話 光の言葉 (後編)


【アストラルド、監視塔】


 星刻の渓谷。

 夜の岩肌が星光を反射して、まるで銀河のようにきらめいている。


 今日は何事もなく、一日が過ぎた。

 ゾルティスの攻撃もなく、ただ静かな夜。


 俺はデッキに出て、手すりに肘をかける。

 風が心地いい。


 対岸から、また光が届く。

 点滅。7回、昨日と同じ。「You……friend?」


 ゾルティス側の誰かが、また英語で問いかけてきている。


「なんだよ……攻撃してきたくせに、しつこいな」


 思わず、睨む。

 光が、挑発するようにチカチカと瞬く。


 バカにされてる気がして、ムカついてきた。


「クソ……」


 指先がタブレットを滑る。

 スマートミサイルを起動。塔に照準が合う。


 あと一押しで、撃てる。

 指は、止まる。


「……俺は、戦争をしに来たんじゃない」


 鼻で笑って、俺はタブレットを閉じ、部屋へ戻った。


 今日の夕食:バターチキンカレー&ナン(インド)

 スパイスとバターの香りが絡み合い、湯気とともにふわりと立ちのぼる。

 もっちり焼きたてナンで、コク深いカレーをすくうと――とろりと甘く、舌に広がる。


「うまっ……!」


       ***


 翌朝、監視塔。


 リリアナが「祭壇の真実を知れ」とだけ言って、古びた書物を渡してきた。


 日本語で書かれたその書物の表題に、『比翼の混沌』と達筆な文字が記されていた。


 ページに記されていたのは、30年前の事件。

 「召喚者が封印を壊そうとし、渓谷は灰と炎に包まれた。鍵は、召喚者の命」


 命? まさか……俺の命がかかってるってことかよ?


 脳裏に、核兵器のイメージがよぎる。

 背筋が、ぞわりと冷えた。


「ツバサ」リリアナが静かに告げる。「祭壇は、核兵器を封印している。召喚者は……その鍵だ」


 俺が鍵? って核兵器って言った? ねえ、言った!?


「待って! いきなり凄いこと言ってない? 核兵器ってことは死ぬってことじゃねえよな?」


 声が震える。

 リリアナは目を逸らした。


 「……アレンも、同じことを聞いた」その声には、悲しみが混じっていた。


 「アレンさん……どうやって亡くなったんですか?」


 リリアナは、小さく息を吐いた。


「ゾルティスの召喚者に、騙された。祭壇を壊そうとして……封印の力に呑まれた」その目が、初めて揺らいだ。「ツバサ、信じるな。ゾルティスは、私たちをただの兵士としか見ていない」


 その瞬間、塔が揺れた。


 窓の外。渓谷を貫くように、白い光が走る。

 レーザーのような、鋭い閃光。

 CIWS(自動迎撃装置)やスマートミサイルが光の矢を放つ。


「ツバサ、攻撃! ゾルティスが仕掛けてきた!」リリアナの叫びが響いた。


 俺は無意識、タブレットを操作していた。


       ***


【ゾルティス連合、ダークヘイヴン】


 黒い岩壁に囲まれた街。


 星霧の祝祭。

 その柔らかな灯りが、市場をやさしく照らしている。


 昨夜の光信号。「You……friend?」

 そして返ってきた、「Yeah……friend!」


 その不器用なリズムに、レイラは思わず笑いそうになる。

 でも、確かに優しさがあった。


 この人なら、信じられる。

 でも、それっきりだった。

 一度だけの会話。


 レイラがため息をついたときだった。

 市場の片隅で耳に入った。


 ヴェルザンディ――ゾルティスの魔術師の声。


「封印を壊せば、ルクセリオンは自由になる。召喚者の命で、鍵は開く」


 命……?

 胸の奥が、冷えた。


 黒いローブの指導者、カルヴァスが近づいてきた。


「レイラ、祭壇を壊す準備をしろ。お前は鍵だ」


「関係ないって……帰れないってこと? そんなの、聞いてない!」


 カルヴァスは冷たく笑う。


「なんだ、知っていたのか。ゾルティスの未来のためだ。従え」


 レイラは走った。

 嫌だ、死にたくない。


 気づけば、街の端。肩で息をしながら立ち止まる。

 そのとき、不意に獣人の老婆が現れた。


「お嬢ちゃん、召喚者だろう?」


 そう言って、ふわりと微笑みながら近づいてくる。


「元気がないね。悩み事かい?」


 そのやわらかな笑顔に、レイラはふと、孤児院で育った日々を思い出した。

 街の中にも、優しくしてくれた人たちは確かにいた。

 けれど同時に、冷たく突き放すような目もあった。


「……うん」

 か細い声と一緒に、涙が一粒、頰を伝った。


 老婆は何も言わず、ただ穏やかに微笑み続ける。

 その静かな優しさに、胸の奥で何かが決まった気がした。


「……私は、信じたいものを選びたい」


「そうかい。それが一番だよ」


 老婆の言葉に背中を押されるように、レイラは涙を拭き、少しだけ笑顔を見せた。


       ***


【アストラルド、監視塔】


 アストラルドの夜。

 リリアナはしばらく来られないと言った。

 理由を尋ねると、「本来、最初の一日ですべて終わる。ある意味お前は特別だ」と鼻で笑われた。


 俺はデッキに出る。

 今日も懲りずに光が瞬く。


「うざいやつだな。毎日チカチカやって、そんなんじゃ女子に嫌われるぞ!」


 俺は相手にすることなく、部屋に戻った。



 今日の夕食:麻婆豆腐定食(中国)


 花椒の香りが湯気とともに立ちのぼる。

 舌が痺れる辛さと、とろとろ豆腐の旨みがたまらない。


「辛え! でも……これ、止まらねえ!」



(第2章 第7話に続く)


↓ 後置きに入れる。




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