【アストラルド、監視塔】
星刻の渓谷。
夜の岩肌が星光を反射して、まるで銀河のようにきらめいている。
今日は何事もなく、一日が過ぎた。
ゾルティスの攻撃もなく、ただ静かな夜。
俺はデッキに出て、手すりに肘をかける。
風が心地いい。
対岸から、また光が届く。
点滅。7回、昨日と同じ。「You……friend?」
ゾルティス側の誰かが、また英語で問いかけてきている。
「なんだよ……攻撃してきたくせに、しつこいな」
思わず、睨む。
光が、挑発するようにチカチカと瞬く。
バカにされてる気がして、ムカついてきた。
「クソ……」
指先がタブレットを滑る。
スマートミサイルを起動。塔に照準が合う。
あと一押しで、撃てる。
指は、止まる。
「……俺は、戦争をしに来たんじゃない」
鼻で笑って、俺はタブレットを閉じ、部屋へ戻った。
今日の夕食:バターチキンカレー&ナン(インド)
スパイスとバターの香りが絡み合い、湯気とともにふわりと立ちのぼる。
もっちり焼きたてナンで、コク深いカレーをすくうと――とろりと甘く、舌に広がる。
「うまっ……!」
***
翌朝、監視塔。
リリアナが「祭壇の真実を知れ」とだけ言って、古びた書物を渡してきた。
日本語で書かれたその書物の表題に、『比翼の混沌』と達筆な文字が記されていた。
ページに記されていたのは、30年前の事件。
「召喚者が封印を壊そうとし、渓谷は灰と炎に包まれた。鍵は、召喚者の命」
命? まさか……俺の命がかかってるってことかよ?
脳裏に、核兵器のイメージがよぎる。
背筋が、ぞわりと冷えた。
「ツバサ」リリアナが静かに告げる。「祭壇は、核兵器を封印している。召喚者は……その鍵だ」
俺が鍵? って核兵器って言った? ねえ、言った!?
「待って! いきなり凄いこと言ってない? 核兵器ってことは死ぬってことじゃねえよな?」
声が震える。
リリアナは目を逸らした。
「……アレンも、同じことを聞いた」その声には、悲しみが混じっていた。
「アレンさん……どうやって亡くなったんですか?」
リリアナは、小さく息を吐いた。
「ゾルティスの召喚者に、騙された。祭壇を壊そうとして……封印の力に呑まれた」その目が、初めて揺らいだ。「ツバサ、信じるな。ゾルティスは、私たちをただの兵士としか見ていない」
その瞬間、塔が揺れた。
窓の外。渓谷を貫くように、白い光が走る。
レーザーのような、鋭い閃光。
CIWS(自動迎撃装置)やスマートミサイルが光の矢を放つ。
「ツバサ、攻撃! ゾルティスが仕掛けてきた!」リリアナの叫びが響いた。
俺は無意識、タブレットを操作していた。
***
【ゾルティス連合、ダークヘイヴン】
黒い岩壁に囲まれた街。
星霧の祝祭。
その柔らかな灯りが、市場をやさしく照らしている。
昨夜の光信号。「You……friend?」
そして返ってきた、「Yeah……friend!」
その不器用なリズムに、レイラは思わず笑いそうになる。
でも、確かに優しさがあった。
この人なら、信じられる。
でも、それっきりだった。
一度だけの会話。
レイラがため息をついたときだった。
市場の片隅で耳に入った。
ヴェルザンディ――ゾルティスの魔術師の声。
「封印を壊せば、ルクセリオンは自由になる。召喚者の命で、鍵は開く」
命……?
胸の奥が、冷えた。
黒いローブの指導者、カルヴァスが近づいてきた。
「レイラ、祭壇を壊す準備をしろ。お前は鍵だ」
「関係ないって……帰れないってこと? そんなの、聞いてない!」
カルヴァスは冷たく笑う。
「なんだ、知っていたのか。ゾルティスの未来のためだ。従え」
レイラは走った。
嫌だ、死にたくない。
気づけば、街の端。肩で息をしながら立ち止まる。
そのとき、不意に獣人の老婆が現れた。
「お嬢ちゃん、召喚者だろう?」
そう言って、ふわりと微笑みながら近づいてくる。
「元気がないね。悩み事かい?」
そのやわらかな笑顔に、レイラはふと、孤児院で育った日々を思い出した。
街の中にも、優しくしてくれた人たちは確かにいた。
けれど同時に、冷たく突き放すような目もあった。
「……うん」
か細い声と一緒に、涙が一粒、頰を伝った。
老婆は何も言わず、ただ穏やかに微笑み続ける。
その静かな優しさに、胸の奥で何かが決まった気がした。
「……私は、信じたいものを選びたい」
「そうかい。それが一番だよ」
老婆の言葉に背中を押されるように、レイラは涙を拭き、少しだけ笑顔を見せた。
***
【アストラルド、監視塔】
アストラルドの夜。
リリアナはしばらく来られないと言った。
理由を尋ねると、「本来、最初の一日ですべて終わる。ある意味お前は特別だ」と鼻で笑われた。
俺はデッキに出る。
今日も懲りずに光が瞬く。
「うざいやつだな。毎日チカチカやって、そんなんじゃ女子に嫌われるぞ!」
俺は相手にすることなく、部屋に戻った。
今日の夕食:麻婆豆腐定食(中国)
花椒の香りが湯気とともに立ちのぼる。
舌が痺れる辛さと、とろとろ豆腐の旨みがたまらない。
「辛え! でも……これ、止まらねえ!」
(第2章 第7話に続く)
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