デッキの机に朝食を列べて、向かい合わせで座る。
朝日は登り、雲ひとつない晴天、吹く風はいつになく清々しい。
この世界は年中、春のような気候だと教えてくれたのは、目の前の鋼の魔導士。
彼女でなければ、もっと会話も弾んだかもしれない……。
「このフワフワした食べ物はなんというんだ」
「……パンケーキです」
クソ、一体なにが目的なんだ。
内心愚痴りまくる俺は、あえて穏やかな口調で探りを入れる。
「……あの、俺に話があって来たんじゃないんですか?」
セラフィナは、切り取ったパンケーキをフォークに刺し、口に運ぶ。
その瞳は、カラコンを入れているような鮮やかな紫。
世界が違えば、友達にも、こうして向かい合わせで会話をすることもなかっただろう。
「いいや、別にない。私が来てはいけなかったか?」
「……いけないってわけじゃないけど、用事があるのかと思って」
「そうか」
なに、このぶつ切り会話。空気が重いんですけど?
まさか、本当にただの罰ゲームだったりする……?
食べ終わったセラフィナは、ナイフとフォークを皿の上に乗せると、無言で立ち上がる。
「邪魔したな。パンケーキ、美味かったぞ」
それだけ言うと、銀のローブを翻して、背を向ける。
ドアノブに手をかけ、出ていくと思いきや首だけを振り向かせる。
「月刻の日。ゾルティスが仕掛けてくる。それまでに、お前の兵器を動かせるようにしておけ」
「えっ? 攻撃?」
「そうだ。前にも言っただろう。五日後の月刻、ツバサ・ミナセの国では満月といったか。忘れるなよ」
セラフィナは、静かに出ていった。
彼女の気配が完全に消えてから、「なんだよ……だったら最初から言えよ。クソ魔導士が」思わず本音が溢れる。
五日後、満月。
まるで計ったようなこのタイミング。
それは、俺とレイラが折り鶴で連絡が取れるようになる日。
すべては計算済みってことか。
「ふん。それまでには絶対、間に合わせてやる」
俺は静かに闘志を燃やした。
「召喚者をなめんじゃねえぞ」
デッキから渓谷に睨み、手すりを握る手に力を込める。
俺は、その日が来るのが楽しみでならなかった。
***
二日後の深夜。
新型、魔導アーム『魔導ガントレット』が完成した。
「さっそく、装着してみよう」
デッキに出た俺は、月光のない無音の夜に目を向けた。
手には、新型の魔導ガントレット。
アイなんとかマンのリパルサーのような手甲型デバイスを、手のひらに装着し、動力、制御系装置を腕に嵌める。
見た目は、指先のない長手袋。そこから二本の動力パイプが腕の装置に繋がっている。
これなら、物も掴めるし、起動力も確保できる。
「うん、いいぞ。思ったよりも軽いし、手首の可動域も問題ない!」
ただし、欠点もある。
それは、外からの衝撃に弱いことだ。
軽量化と俊敏さは優れていても、強度は落ちる。
これはゲームの世界や、現実世界でも鉄板のルールだ。
逆に魔導アームは重く衝撃に強いが、俊敏さは失われている。
今回俺が作った新型ガントレットは、前者を選んだ。
今の俺には、その俊敏さが必要だと感じたからだ。
満足する出来栄えに、早速試運転に移行する。
出力調整は、手の平の動作で調整する仕組みを採用。
直感操作を重視した結果、こうなった。
微調整が必要なのは分かっていたが、完成したら使わずにはいられない。
「よし、行くぞ!」
左腕にある、始動ボタンを押すと、ジェットエンジンのようなキーンという高音が唸る。
前のアームとは明らかに出力が上がっている。
俺はゆっくりと手の平を開き、出力を上げていく。
ドキドキする。
研ぎ澄まされた繊細な音が、体を震わせ、塔に響き渡る。
すると、ある一定の出力に達した時点で、気づけば、俺は夜空に舞い上がっていた。
「……や、やばい」
もう少しで気を失うほどの加速力が体全体にのしかかっていた。
重力制御はうまく動作しているが、空気抵抗までは計算していなかった。
アイなんとかマンが、フル装備にしている意味を、俺は嫌というほど思い知った。
腕に魔導ガントレットを装着しただけで、生身の体で空を飛ぶなんて、どんだけ無謀だったんだ……!
それでも俺は諦めなかった。
落下したり、上昇したりしているうちに、制御のコツが掴めてきた。
この感覚は、初見ゲームを幾度となく繰り返してきた経験が役に立つ。
失敗と成功を繰り返しながら飛び続けること数十分、平行飛行からのホバーリング、といった芸当も出来るようになった。
「これなら、いける」
遥か彼方に、小さく見える白壁の塔。
空気が冷たく感じる高さで、ホバーリングをしている俺の目には、自信しかなかった。
明日、これで行く。
心にそう決めて、今日の試運転は終わった。
残された三日間、全てを賭ける。
あとは、俺がやるだけだ。
(第3章 第32話に続く)