目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第31話 裏切りと裏切り (Part 4)


 デッキの机に朝食を列べて、向かい合わせで座る。


 朝日は登り、雲ひとつない晴天、吹く風はいつになく清々しい。

 この世界は年中、春のような気候だと教えてくれたのは、目の前の鋼の魔導士。

 彼女でなければ、もっと会話も弾んだかもしれない……。


「このフワフワした食べ物はなんというんだ」


「……パンケーキです」


 クソ、一体なにが目的なんだ。

 内心愚痴りまくる俺は、あえて穏やかな口調で探りを入れる。


「……あの、俺に話があって来たんじゃないんですか?」


 セラフィナは、切り取ったパンケーキをフォークに刺し、口に運ぶ。

 その瞳は、カラコンを入れているような鮮やかな紫。

 世界が違えば、友達にも、こうして向かい合わせで会話をすることもなかっただろう。


「いいや、別にない。私が来てはいけなかったか?」


「……いけないってわけじゃないけど、用事があるのかと思って」


「そうか」


 なに、このぶつ切り会話。空気が重いんですけど?

 まさか、本当にただの罰ゲームだったりする……?


 食べ終わったセラフィナは、ナイフとフォークを皿の上に乗せると、無言で立ち上がる。


「邪魔したな。パンケーキ、美味かったぞ」


 それだけ言うと、銀のローブを翻して、背を向ける。

 ドアノブに手をかけ、出ていくと思いきや首だけを振り向かせる。


「月刻の日。ゾルティスが仕掛けてくる。それまでに、お前の兵器を動かせるようにしておけ」


「えっ? 攻撃?」


「そうだ。前にも言っただろう。五日後の月刻、ツバサ・ミナセの国では満月といったか。忘れるなよ」


 セラフィナは、静かに出ていった。


 彼女の気配が完全に消えてから、「なんだよ……だったら最初から言えよ。クソ魔導士が」思わず本音が溢れる。


 五日後、満月。

 まるで計ったようなこのタイミング。


 それは、俺とレイラが折り鶴で連絡が取れるようになる日。

 すべては計算済みってことか。


「ふん。それまでには絶対、間に合わせてやる」


 俺は静かに闘志を燃やした。


「召喚者をなめんじゃねえぞ」


 デッキから渓谷に睨み、手すりを握る手に力を込める。

 俺は、その日が来るのが楽しみでならなかった。


       ***


 二日後の深夜。


 新型、魔導アーム『魔導ガントレット』が完成した。


「さっそく、装着してみよう」


 デッキに出た俺は、月光のない無音の夜に目を向けた。


 手には、新型の魔導ガントレット。

 アイなんとかマンのリパルサーのような手甲型デバイスを、手のひらに装着し、動力、制御系装置を腕に嵌める。


 見た目は、指先のない長手袋。そこから二本の動力パイプが腕の装置に繋がっている。

 これなら、物も掴めるし、起動力も確保できる。


「うん、いいぞ。思ったよりも軽いし、手首の可動域も問題ない!」


 ただし、欠点もある。


 それは、外からの衝撃に弱いことだ。

 軽量化と俊敏さは優れていても、強度は落ちる。


 これはゲームの世界や、現実世界でも鉄板のルールだ。


 逆に魔導アームは重く衝撃に強いが、俊敏さは失われている。


 今回俺が作った新型ガントレットは、前者を選んだ。

 今の俺には、その俊敏さが必要だと感じたからだ。


 満足する出来栄えに、早速試運転に移行する。


 出力調整は、手の平の動作で調整する仕組みを採用。

 直感操作を重視した結果、こうなった。


 微調整が必要なのは分かっていたが、完成したら使わずにはいられない。


「よし、行くぞ!」


 左腕にある、始動ボタンを押すと、ジェットエンジンのようなキーンという高音が唸る。

 前のアームとは明らかに出力が上がっている。


 俺はゆっくりと手の平を開き、出力を上げていく。

 ドキドキする。


 研ぎ澄まされた繊細な音が、体を震わせ、塔に響き渡る。


 すると、ある一定の出力に達した時点で、気づけば、俺は夜空に舞い上がっていた。


「……や、やばい」


 もう少しで気を失うほどの加速力が体全体にのしかかっていた。

 重力制御はうまく動作しているが、空気抵抗までは計算していなかった。


 アイなんとかマンが、フル装備にしている意味を、俺は嫌というほど思い知った。

 腕に魔導ガントレットを装着しただけで、生身の体で空を飛ぶなんて、どんだけ無謀だったんだ……!


 それでも俺は諦めなかった。

 落下したり、上昇したりしているうちに、制御のコツが掴めてきた。

 この感覚は、初見ゲームを幾度となく繰り返してきた経験が役に立つ。


 失敗と成功を繰り返しながら飛び続けること数十分、平行飛行からのホバーリング、といった芸当も出来るようになった。


「これなら、いける」


 遥か彼方に、小さく見える白壁の塔。

 空気が冷たく感じる高さで、ホバーリングをしている俺の目には、自信しかなかった。


 明日、これで行く。


 心にそう決めて、今日の試運転は終わった。


 残された三日間、全てを賭ける。

 あとは、俺がやるだけだ。



(第3章 第32話に続く)


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?