魔法レンジで作った、クロワッサンのチョコレート入りを片手に、塔のデッキに出た。
徹夜明け、凝り固まった体を、伸びをしてほぐす。
「ハーァ。眩しいぜ」
いつもならベッドに潜り込むところを、今日は朝日を浴びたい気分だった。
開発は順調だった。
目の前にぶら下がるニンジン――欲しくてたまらなかった成果が、ようやく指先に届きそうだった。
眩しさに目を細めながら、渓谷に降り注ぐ陽の光を眺める。
乱反射する魔石の欠片が、幻想的な光景を見せる。
手にしたクロワッサンをひと齧り。
サクッとした感触。
香ばしい匂いが鼻を抜け、後から甘いチョコレートが舌を満たす。
俺は満足げに食べると『待ってろよ、レイラ。二人で戦争を止めようぜ』と言い放つ。
昨晩、新たな装置の開発中に、魔石が持っているポテンシャルに気がついた。
召喚者たちが、狂ったように開発したがる意味が明確に読めたのだ。
だが、この事実が分かったとき、先人の召喚者たちには葛藤があったに違いない。核分裂を見つけたときみたいに、研究が進めば核兵器に近い悪魔のような兵器になるかもしれないと考える。
「魔石のエネルギーは絶大。しかも、扱いやすい。余程のことがない限り安全に動作する……。そんな夢みたいなエネルギーが無限に手に入るなら、誰だって挑戦したくなるよな」
あらゆる可能を秘めた、魔石。
異世界の人には当たり前でも、よその世界から来た人間にとっては、よだれものだ。
「よっしゃ! 頑張るぞ!」
残りのクロワッサンを口に押し込み、咀嚼していると、背後にゾクッと背筋をなぞるような気配。振り返る。
「……セラフィ……ナ、ん、ぉう!?」
驚いて息を吸った瞬間、クロワッサンの固まりが喉の奥につまり、慌てて胸を叩く。
「どうした? 苦しそうだな」
涙目になりながら必死に飲み込み、顔を上げて睨む。
「黙って入ってくるなよ、びっくりするだろう。お前、まさかあれか? 俺を驚かすのが趣味とか言い出すなよ?」
白銀の長髪を肩にかけ、紫の瞳で俺をみる。
目から光線が出てるんじゃないかと思うほど、痛いし冷たい。
「それはどういう意味だ」
「……なんでもねえよ」
クソ、ボケ殺しまで装備してやがるのか……侮れねえ。
「で、朝っぱらから何だよ? まさか、朝食を一緒に、ってんじゃねーだろうな?」
「そうだな。では、頂こうか」
躊躇なく答えるセラフィナに、俺は再び驚いた。
「……うそ、マジ?」
黙って机の前の椅子に腰を掛ける、セラフィナ。
こ、こいつ最強かよ……。
いや待て。なんか、いつもと違う。何かが動いてるのか?
***
【レイラ視点】
レイラは昨日、ひたすら歩き回った。
月折波――魔法の手紙をくれた獣人の老婆を捜すため。
一日、捜し回ったが、成果はなかった。
最初に出会った街の外れから始まり、最後は街のメインストリートまで。
ぼんやりと頭に浮かぶ老婆の容姿を、手振り身振りで必死に説明し、返ってくる答えは決まってこうだった。
「獣人の年寄だって? 街にはいねえよ。みんな森だ、街は騒がしくて嫌だとか言ってな」
「獣人の老婆? 街中ではみないな。年寄は森から出たがらないからな」
いつも同じような内容が返ってくる。
「だったら、私が会った人は誰なの……」
塔のデッキで独りごちるレイラ。
――偶然街まで出てきて、偶然出会って、偶然困っている私を助けた?
これはもう必然というべきだろう。
レイラは手にした白い紙を見つめ、やがて手の中で握り潰した。
「私たちのことを、誰かが見ている?」
レイラの囁きは、渓谷の風に流されて、消えた。
「ツバサに伝えなくちゃ。でもどうやって伝えよう……」
見つめる先には、二人の間を引き裂こうとするような深い渓谷。
手紙を届けるにしても、あと五日もある。
遠くで爆ぜるように光る魔石。
心が届けばいいのにと、レイラは思わずにはいられなかった。
(第3章 第31話に続く)