その日の夜、俺は眠れずに資料室にこもっていた。
魔導アームを参考に、次の新作に取り掛かっていた。
本当は、こんなことをしている場合ではないのかも知れない。
でも、いざというときに、力がなければ守れない。
守るには力がいる。
俺は、レイラを守ると覚悟を決めた。
絶対だ。
必死に打ち込むうちに、あることに気がついた。
召喚者たちがなぜこんなに魔石を使った新たな装置や武器を開発したのか。
「そうか、なるほどな」
顔を上げて、椅子に背を預ける。
俺は古びた天井を見ながら、気づけば、口元が緩んでいた。
こんなにも興奮している自分が、少しだけおかしかった。
そこにあったのか。いや、最初から見えてたのに気づかなかっただけかもな。
俺は再び手を動かしはじめた。
次の武器は、異世界が根底からひっくり返るかもしれない。
そんな予感が、今目の前にぶら下がっている感じがしてならなかった。
***
【アストラルド帝国内、執務室】
「セラフィナ、それは本当か?」
そう声を発したのは、この帝国を統べる指導者――ギラルディ。
金冠を戴く貴族。星の崇拝を国是とする権威主義者。
「はい。昨日。崖を登って渓谷の底から戻ってきました。手につけているのはおそらく召喚者たちが残した武器を改造したものかと」
ギラルディは、長く伸びた顎髭を指先でなぞる。
目の前には、セラフィナが片膝をつき、恭しく頭を下げている。
長い白銀の髪が床についているが、気にする様子はなかった。
「彼は気づくと思うか?」
「時間の問題かと」
セラフィナの即答する様子に、ギラルディの顎髭を触る指が止まる。
「それは急がねばなるまい。次の月刻はいつだ?」
「はい。五日後になります」
ギラルディの目が笑う。
「なら、その日に終わらせろ」
「はい。リリアナ様には?」
ギラルディは一瞬、逡巡したように見せかけてから、告げる。
「召喚者に肩入れするような女は捨て置け」
「……はい」
セラフィナは下を向いたままで、返事をした。
しかし、その顔を見れば、おそらくギラルディは驚くだろう。
捨て置けと言われた瞬間、憎悪に燃えた女の顔というものを――。
***
レイラは塔に戻った。
さっきまでの出来事が夢ではないかと思えるほど、胸踊るものだった。
ベッドの枕に顔を埋め、足をバタバタさせる。
「本当に来てくれた! ツバサは来てくれた!」
枕に向かって大声をあげる。
周りにはくぐもった声に聞こえただろうが、構わなかった。
この世界に来て、初めて心からうれしいと思えたからだった。
実を言えば、地球にいた頃に、こんなに嬉しかったことは一度もなかった。
それだけ、今日の出会いはレイラを変えていた。
何もかもが新鮮で、何もかもが楽しかった。
思い返して、レイラはふと顔を上げた。
「私、変な子って思われないかな? いきなりキスしちゃったし……」
感極まったといえ、初対面の男子にキスをしたことなどなかった。
急に自分の行動が恥ずかしくなってきた。
「どうしよう、どうしよう。嫌われたかな?」
そう言いながらも、目は別の所に向いていた。
昨日届いた手紙。
崖を降りているときに届いた手紙の内容をみて、あやうく足を滑らせそうになった。
今は白紙の紙だけど、そこにははっきりとこう書かれていた。
「必ず行くから、待ってろ!」
短い文だけど、力強さと男らしさを感じた。
「待ってろ! だって、キャァー」
恥ずかしくて枕に顔を埋めたときだった。
なんとなく目を開けてみると、そこは暗闇だった――そう、枕に顔を埋めているのだから。
でも……。
そこでふと気づいた。
レイラは手紙を手に取った。
月光の当たらない月折波は、ただの紙。
羽ばたきはするけど、文字は送れない。
「じゃあ、どうして私は渓谷で読めたの? 月は光ってなかったのに……」
束の間の喜びだった。
レイラの目が鋭くなる。
再び、白紙の紙に目を戻したとき、レイラはあることに気づいた。
「この紙をくれたのは……」
レイラはベッドから飛び降り、ドアを開けて走り出した。
(第3章 第30話に続く)