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第28話 裏切りと裏切り (Part 1)


 朝日が登る頃、俺は崖の上に立っていた。

 そして、すぐに異様な気配に気づいた。


 崖の上に武装した兵士たちがずらりと横に並び、その先頭に冷たい目の魔導士――セラフィナ・アストラルドが立っていた。


 白銀の長髪が、朝日を浴びて剣の刃のように鋭く輝いた。

 胸元に刻まれた星刻の紋が、誇らしげに淡く光を帯びる。


「夜遊びのつもりか、ツバサ・ミナセ。貴様の行動は、星の名を汚すぞ」


 冷えた声が渓谷に響き渡る。

 何もかも見透かしたような紫の瞳が、動きを封じるように睨みつける。


 レイラの瞳とは真逆の目をしていた。


「その手にあるモノはなんだ?」


 俺は、慌てて手を後ろに回したが遅かった。

 崖の下から人が浮き上がってきて、隠したところで今さら感は否めないが、それでも口を閉じた。


「話したくないなら別に構わない」


「……なんだよ、さっきから! 俺の私生活にまで文句を言うのか?」


「いいや。ツバサ・ミナセが何をしようと一向に構わない。むしろ好きにしてくれていい」


「そうかよ。じゃあこの隊列は、俺の朝帰りをみんなで歓迎しようってやつか?」


 無理に口角を上げながらも、背中に汗が流れた。

 レイラと会ったことがバレていたら、ヤバいことになる。


 それだけは絶対に阻止しなくては……。


 沈黙が流れる。

 峡谷から吹き上げる風が白壁の塔に当たり、狼の遠吠えのような音を上げる。


 しばらく睨み合った後、セラフィナは銀のローブを翻して、去っていった。

 続く兵士たち。


 無言で立ち去る姿を黙って眺めていると、残された時間が少ないことを否が応でも感じる。


「……くそ。どうしてわかった。誰かが……俺たちを見ていたのか?」


 静まり返った崖に、俺の声だけが静かに流れ、消えていった。


       ***


【レイラ視点】


 崖を登りきり、塔へ続く道に足を踏み出したときだった。


 目の前に、黒いローブのカルヴァスが悠然と立っていた。

 レイラは思わず一歩下がる。


「……どうして」


「レイラ。アストラルドの召喚者と会っていたのか?」


 彼の赤い目が、レイラを射抜く。

 ゾルディス連合への忠誠心が強い彼が、ツバサのことを知れば、危ない。


「どうしてそんなことを聞くの?」


「お前は「鍵」だ。ゾルディスにとって無くてはならないもの。忘れるな、ヴェルザンディは見ているぞ」


 カルヴァスはそれだけ言うと、レイラの顔を一瞬だけ、何かを押し殺すように見た。

 そして、踵を返し、去っていった。


 冷酷な彼が、どうしてヴェルザンディのことを言うのか。

 忠告とも取れる彼の物言いに、腑に落ちないレイラは、しばらく立ち止まっていた。


 だとしたら、きっとゾルティス協議会委員長のレイドックまで話は通じている。


「もう……時間がない」


 レイラは低い声で呟き、だがその目の光は消えていなかった。


「誰も死んでほしくない……」


 悲しみではなく希望のために、レイラは、心の奥で強く誓った。



(第3章 第29話に続く)


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