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第27話 封印と邂逅 (Part 7)


 洞窟、冷たい風が通り抜けた。


 地面に置いていた携帯ライトが、カタンと倒れる。

 灯が岩肌を直接照らし、魔石がきらめく。


 そのせいか、隣に座っているレイラの顔に影が差し込む。


「……あ、あの、その、あれだよアレ」


 しどろもどろになる。

 女性に面と向かって、『信じて、生きるって決めたから』なんて……めっちゃ恥ずかしい失言だ。

 変な汗が、背中をつたう。


「……ツバサ。私」


「今はいい! それ以上言わないでくれ」


 掌を合わせて、拝むように頭を下げる。


「ツバサ、顔を上げて。違うの……とってもうれしいの」


「えっ?」


 顔を上げた目の前のレイラの瞳は、なぜか輝いて見える。

 嫌われてない?


「私も、ツバサを信じるって決めたから。思いが伝わったみたいで、うれしいの」


「……そう。そっか、アハハハ」


 ヤバ、心臓がロストしそうだ。


 レイラの瞳に俺が映る。

 暗いが翡翠色の目に、俺は吸い込まれそうになった。


「……ツバサ」


「……レイラ」


 互いに見つめ合い、じわりと距離が詰まる。


 と、そのときだった。


 ブンブンっとスマホのバイブのような音がした。


「あっ! もう時間だ」


「なになに!?」


 急に現実に引き戻された俺は、ぽかんとした顔で、レイラの仕草を見ていた。

 彼女は自分のリュックから何かを取り出す。

 見た目はスマホみたいだが。


「もうすぐ見回りの時間なの。一日二回、塔の中を見回る兵士がいるの」


「マジか!?」


 ようやく飲み込めた。


「だったら、早く戻らないと」


「……うん」


 レイラは俯いて、小さく頷く。


 携帯ライトをしまい、洞窟を出る。

 星が薄く、空の端がどことなく明るい気がする。


 その後、レイラが降りてきた崖の近くまで歩いた。


 二人で歩く渓谷は、悪くはなかった。

 ひとりのときは、死ぬほど怖がっていたくせに、今はなんともない。


 このとき、並んで歩く二人の間には、詰められない渓谷のような溝が、確かにあった。


「ねえ、ツバサ」


「うん? なに?」


 レイラは足を止める。


「ゾルディスのやろうとしていることを、止めようと思うの」


「……あ、ああ」


 突然の告白に驚いた。


「止めるって?」


「アストラルドに攻撃を仕掛けるみたい。私、誰も死んで欲しくない。敵も味方も……」


 レイラの目は真剣だった。

 まっすぐ俺を見て、小さな拳を握りしめている。


「うん、わかった。俺も協力する」


「……ツバサ!」


「ぐはっ」


 レイラが抱きついてきた。

 俺の腰のあたりを両手できつく抱きしめる。


 情けない。

 女の子に、こんな思いをさせて、おまけに変な声まで出して……。


「大丈夫、戦争を止めて、二人で地球に戻ろう!」


 レイラがすっと顔を上げて、「……うん。帰ろう、一緒に」と呟いた。


 その声はなぜか震えているように聞こえた。


「それと、これ渡しておくね」


 レイラはぱっと離れると、リュックから数枚の紙を掴んで渡してきた。


「これ、折り紙。ツバサが教えてくれた」


「おう、ありがとう」


「次の月光は、五日後だったかな? 地球とは違うみたいだから、折り鶴の手紙を書いてね」


「もちろんだ。すぐに返事を書くよ」


 レイラは、ほっぺたを膨らます。


「返事じゃなくてツバサから、送って欲しいの!」


 な、なるほどね。勉強になります。


「おう、任せて! って、あ!」


 それで思い出した。

 ここに来る前に、書いた手紙。

 勢いで書いたやつ!

 ヤバい、ヤバいぞ!!


「……なあ、レイラ。ものは相談なんだけど……今日着く手紙は読まずに捨ててくれないか?」


「なんで?」


 小首を傾げる仕草が、超カワイイ。


「なんでって……その、あれ、勢いで書いちゃったから、見られると恥ずかしくて」


「ふーん。わかった」


 レイラは素直に頷いた。

 しかし、俺はこのとき、勘違いをしていた。


 折り鶴が塔を目指して飛んでいくわけではないということを。

 あれは届けたい相手に向かって飛んでいくことを俺は、知らなかった……。


「じゃあ、ここで……」


「わかった。気を付けてな」


「……うん」


「……」


 手を伸ばせば触れ合う距離。俺はどうしても縮められなかった。

 クソ、俺の意気地なし!


「また、会えるよね?」


 レイラは顔をあげて俺を見る。


「絶対、会える!」


 微笑む彼女に、俺は力を込めて言い切った。


「……うん。じゃあ」


 レイラが振り返り、崖に向かう。

 遠くなる背中が、……止まった。


 ダッシュするレイラ。

 そして――俺に抱きつき、唇を重ねた。

 一瞬のようで、永遠にも思える時間だった。


「またね、ツバサ……今日の手紙、すっごく嬉しかったよ!」


 レイラの赤くなった頰を見惚れている間に、彼女は手を振って走り去った。


 ヤバくね?

 いま、キスされた?

 というか、もう読まれてるんだ?


 放心状態はしばらく続き、気づけば辺りは朝日に照らされはじめた。

 二人の間にある溝は、今この瞬間から埋まったような気がした。



(第3章 第28話に続く)


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