洞窟の中で、俺たちは静かに語り合っていた。
リュックに詰めたものの中に携帯ライトがあり、それを灯す。
岩壁に二人の並んだ姿が、影絵のように映しだされる。
話の中心は、レイラの国――アメリカの話だった。
レイラは明るく話していたけど、孤児院という場所がどういうところか、俺なりには知っていた。
「だからね、夜になると懐中電灯で遊んでたんだ。ベッドの端から互いに光らせて、言葉を決めて」
クスクス笑うレイラ。
その笑顔が本心なのか、そうでないのかは分からない。
ただ、ひとつ分かることは、彼女は明るくて、強いってことだ。
この異世界であっても、必死に生きようとしている。
諦めず、腐らず、前を向き続ける。
比較するわけじゃないが、自分がどれだけ甘えた生活をしていのか、嫌ほど分かる。
「ねえ、ツバサ。日本ってどんな国? やっぱりアニメが有名なの?」
「うーん。そうだね。漫画やアニメは、毎月新作が発表されるからね。やっぱり有名かな」
「いいなー。私もいっぱいアニメ見たいな」
ふと遠くを眺めるレイラ。
やっぱり戻りたいよな。たとえどんな場所でも。
俺たちが住む世界じゃないのは、なんとなく感じる。
このままここにいたって、「駒」扱いされるだけだ。
なんとしてでも、地球に、元の世界に戻らなくちゃ。
そこで気になったことを聞いてみた。
「レイラの召喚先、ゾルディスだっけ? ……元の世界に戻れるって、言われた?」
そう尋ねると、彼女はわずかに視線を伏せた。
「……ううん。戻れないって、言われたの。カルヴァスっていう、黒ローブの指導者に」
「……そっか」
俺は小さく息をのんだ。
リリアナは『5年後に帰す』と言ってたけど、今となってはそれも怪しく感じる。
じゃあ、俺たちは……どうすればいい?
「それとね、私……鍵って呼ばれてた。ゾルディスの未来を開く『鍵』だって」
俺はびっくりした。
「俺も言われたよ! なんだっけ? ええと……祭壇がどうとかって。まるで、駒として扱われているみたいだよ」
苦笑いしながら言うと、レイラも小さく頷いた。
「……ツバサ、私たち……信じ合えるよね?」
彼女の声はかすかに震えていた。
その目はどこか俺に似ていた。
信じていた人に裏切られ、馬鹿にされ、騙されて誰も信じられなくなった。それでもと願う、そんな目だった。
俺はしっかりと彼女の目を見て、うなずく。
「ああ。もちろんだ。友達だからな」
その一言に、レイラはほっとしたように微笑んだ。そのあと、少しだけ目を伏せて、「それなら……よかった」と呟いた。
「今のはズレてねえ。完璧だよ、レイラ」
ふっと、小さな笑いが生まれる。
「で、これからどうする?」
「分かんない。でも……お前と一緒なら、なんとかなる気がする!」
洞窟の入り口から覗く星空が、ほんの少し、未来を照らしてくれる気がした。
「なあ、レイラ。ゾルディスの街って、どんな感じだった? 俺、塔から出たことなくてさ。アストラルドの街も、全然知らないんだ」
そう尋ねると、レイラは顔を上に向けた。俺もつられて眺める。
ライトの光が岩の粒を照らし、ときおり魔石がきらりと反射した。
星のかけらみたいで、幻想的できれいだった。
レイラは静かに、そして懐かしそうに話し始めた。
「ゾルティスはね、獣人やエルフたちが一緒に暮らしてるの。みんな優しくて、あたたかくて……私のことを、家族みたいに迎えてくれたよ」
「へえ……ファンタジーそのものだな。俺も見てみたいな。もふもふの耳とか、クルっと跳ねた尻尾とか」
その瞬間、レイラがじとーっとした目で睨んできた。
「ツバサ、顔がいやらしい」
――ぐぅ、ヤバッ。
「ご、ごほんっ。なるほどね! だから言葉が通じる仕組みがあるのか!」
話題を無理に変えると、レイラは静かにうなずいた。
「うん。召喚者って、いろんな世界から来るみたいだから。言葉が通じないと困るからね」
けれど、一瞬だけ、彼女の表情が曇る。
「でも……カルヴァスとヴェルザンディは違った。彼らは封印を壊そうとしている。そして、私の命を“鍵”として利用しようとしてるの」
俺は再び驚いた。全く同じだ。
「なるほど……やっぱり同じか。アストラルドも、ゾルティスも、召喚者を“駒”として扱ってる」
「ツバサ……あなたも、“鍵”?」
「ああ、多分な。封印された“核兵器”の……とか言ってた。相当ヤバい代物みたいだ」
レイラの瞳が揺れる。
「じゃあ、私たち……死ぬの?」
「死なねぇよ! 怖くても……誰かを信じて、生きるって決めたからな!」
笑ってみせるけど、内心では心臓がバクバクだ。
信じるって、簡単なことじゃない。……でも、もう逃げたくはなかった。
俺にしては思い切った決断だった。
ん? 反応がない?
まさか、やらかした、俺?
(第3章 第27話に続く)