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第25話:封印と邂逅 (Part 5)


 レイラはひとしきり泣いたあと、顔を上げた。


 泣きはらした翡翠色の瞳、小さな口元を駄々っ子のようにすぼめている。


 上目遣いのレイラに、ドキッとした。

 不謹慎だけど、めっちゃかわいい。


「も、もう大丈夫だから、ねえ、レイラ……」


 ヤバい……惚れてまうやろう!


 こんな状況じゃなければ、マジでやばい。


「Aren't you happy to see me?」

 会えて嬉しくないの?


「ええっと。なんだろう……たぶん、嬉しいで合ってるかな?」


 くそぉ、英語わかんねえっつうの。BY 心の声 ツバサ。


「とりあえず、離れようか? 色んなところが当たってるし」


 なんとなく意味を分かってくれたのか、レイラはようやく離れてくれた。

 ホッとするのも束の間、レイラは俺の手を取った。


「Tsubasa, come here! I found a cave on the way!」

 ツバサ、こっちに来て。来る途中で洞穴みたいな場所を見つけたの!


「え、うん。カム、ヒアーってたしか、こっち来いだっけ?」


 俺は手を引かれるまま、レイラについて行った。

 外国人は積極的だな、とそんなことを考えている内に、岩をくり抜いた場所に来た。


 どうやら魔石を採掘した跡らしい。

 奥は見えないくらい続いていたが、入口近くで腰を落とした。


「Thanks, Tsubasa, for coming. I knew you'd be here」

 ありがとう、ツバサ。来てくれて、信じてたよ。


「お、おう。俺だってサンキューくらいは分かる。えーと、サンキュー、レイラ」


 手振り身振りのついでに、カタカナ英語で返す。

 ネイティブ過ぎて、半分も分からなかったが、とそこで思い当たった。


 ん、ちょっと待てよ。

 俺は頭を抱えた。この先、意思の疎通がやばい。

 英語、マジでわからん。ジェスチャーゲームで命懸けとか、笑えねえ。


 すると、レイラがトン、と俺の肩を叩いた。


 彼女は背負っていた小さなリュックを降ろし、中から何かを取り出す。

 手のひらに乗せたのは、透明なカプセルが、四つ。


 レイラが俺の目を見て、言った。


「Tsubasa, take this. It will let us understand each other」

 ツバサ、これ受け取って。これで私たちの言葉が通じるよ。


 そう言って、カプセルを差し出す。


 えっ。

 俺は、ドキッとした。


 ま、まさか……ここで心中しようってのか!?


 ゴクリと唾を飲む。彼女の瞳は真剣そのもの。


 ……やばい、本気だ。覚悟ガチ勢じゃん。


 心中まで視野に入れていたとか、俺の覚悟がどれだけ甘かったか、痛いほどわかる。


 翡翠色の瞳が、やたらきれいで。

 よく見たら、やっぱりめっちゃ可愛い、レイラちゃん。


 そっか……こんな俺でも、最後を共にしてくれるって言うんだな……。


「よし、わかった、レイラ! 俺も男だ、飲んでやるよ!」


 俺は彼女の手からカプセルを二つつかみ、口元へ――その瞬間。


「Wait, what are you doing!? Don’t swallow it! You’re supposed to put it in your ear! It’s a translator!」

 待って、何してるの!? 飲み込んじゃダメ! 耳に入れるんだよ! それは翻訳機なの!


 レイラがあわてて俺の腕をつかんだ。


「え、なに?」


 俺がぽかんとしていると、レイラは残りのカプセルを手に取り、わざと俺に見えるように掲げてから、自分の耳にそっとはめた。

 それから、にっこり微笑む。


 あ、すべて理解。

 なるほど……なるほどね。


「アハハハ、だよね……知ってた知ってた! ボケだよボケ、冗談に決まってんじゃん! 心中なんてあるわけないし! そうそう、アメリカンジョーク! あんだーすたん?」


 必死の笑顔。

 くっ、苦しい言い訳が余計に苦しい……!


 俺は逃げるように、カプセルを素早く耳にはめた。


 イヤホンとは違って、カプセルは耳の中程までスッと入って、ピタッと止まる。

 耳に装着された瞬間、ほんの一瞬だけ微かな音。耳の奥で水が弾けるような音がした。


 すると、耳にあったはずの異物感がぱっと消えた。

 最初から何もなかったように自然で、カプセルの存在すら忘れそうだった。


 先人の召喚者が残した魔術と技術の結晶、らしい。

 こんな小さなカプセルにそんな力が詰まってるなんて、信じられねえ。

 次の瞬間。


「聞こえる? 私の声、日本語で聞こえてる?」


 レイラの口が動く。

 けど、その音は――日本語だった。


「……うおおおおお!? すげえええ!? レイラ、急に日本語話せるようになったのか!?」


「違うってば、今耳に入れたカプセルの力。先人の召喚者が作った翻訳機能が入ってるの。お互いの言語をリアルタイムで変換してくれるのよ」


 レイラは楽しそうに笑った。


 翻訳機……マジで未来すぎる。てか、こんなのあるなら最初から出してくれよ!


「まあ、さっきの“心中”と勘違いした顔は、ちょっと面白かったけど……」


 レイラはくすっと笑ってから、少しだけ視線を落とした。その表情に、俺はドキッとして、なんだか胸が締め付けられるようだった。


「……ほんとに飲もうとするなんて、バカ。でも、ちょっと嬉しかった」


 その声は、照れと本音がまじったような、不思議な優しさを帯びていた。


 俺の顔は燃えていた、轟々と。よりによって、その勘違いがバッチリ伝わってたとか、死にたい……!


「でも、ちゃんと受け取ってくれて、ありがとう。ああいうの、信じて飲もうとする人って、なかなかいないと思う」


 レイラの笑顔は、どこか安心したようで、やわらかかった。

 それは長い旅路の一瞬の灯みたいに、ほっとする光。


 ……レイラも、同じことを思ってくれてたらいいな。

 ……って。いやいや、マテマテ。俺、マジで惚れてんじゃね?


 こんなに真っ直ぐで、怖いくらい優しくて、でもどこか放っておけない。

 この先、どんな苦労があっても、こいつとなら――そんな気がした。



(第3章 第26話に続く)


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