俺は、重い腰を上げた。
足音が聞こえた気がしたからだ。
「……レイラか?」
囁き声で呼びかける。
けれど、返事はない。
……まさか、敵?
モンスターか!?
心拍数が跳ね上がる。
俺はゆっくりと体を動かし、光信号機とボウガンを構えた。
警戒しながら、右回りで歩き出す。
***
「探さなくちゃ。絶対に……ツバサは来ている!」
レイラは小さく気合を入れ、腰を上げる。
彼女もまた、逆方向――左回りに歩き出した。
暗闇に微かに浮かぶ魔石の灯りを頼りに、ゆっくりと進んでいく。
その光は、まるで誰かを導くように揺れていた。
***
魔石伝いに歩いていると、地面に足跡らしきものを見つけた。
スライムを踏みたくない一心で下を見ていたのが、幸いしたらしい。
「人の……足跡か? でも小さいな」
腰を落としてじっと見つめていると、背後から小さな音がした。
咄嗟に振り向き、光信号機とボウガンを構える。
まるで心臓が耳で鳴り響いているかのように、どくどくと鼓動が響く。
そして、魔石の背後から現れた影に、光を向けた。
そこにいたのは、モンスターでも何でもなかった。
赤い髪。翡翠色の瞳。
小さな顔を、まぶしそうに手で覆っている少女。
「……ツバサ?」
「……えっ?」
その声に、俺は目を疑った。手紙でしか知らなかったレイラ、ずっと想像してきたその姿が、今、目の前にいる。
信じられない思いで、もう一歩前に出る。
「まさか……レイラか!?」
こんな場所で、本当に出会えるとは思わなかった。
夢じゃないのかと疑いたくなるくらい、それほど嬉しかった。
そしてそのとき、さらに驚くことが起きた。
「Tsubasa! It's you! I've missed you so much!」
ツバサ……! やっと……やっと会えた!
レイラが英語で叫び、走り出した。
そのまま勢いよく、俺に抱きついてきた。
衝撃で手にしていた光信号機とボウガンが地面に落ちる。
暗闇が二人を包んだが、魔石のほのかな光が、まるで祝福するように辺りを照らした。
「I've missed you, Tsubasa…… I've really missed you……」
ツバサ! あなたなのね! やっと……やっと会えた!
レイラは俺の胸元で泣きじゃくりながら、英語で言葉を重ねる。
その意味は完全には分からなかったが、『会いたかった』という言葉だけははっきりと心に響いた。
俺は勇気を出して、そっと肩を抱きしめる。
「ああ……会えて、よかった」
震える小さな肩。
今にも壊れてしまいそうなその背中に、俺は静かに力を込める。
「大丈夫だ。ねえ、大丈夫だから」
そう繰り返す自分の声が、少し震えているのを、自分でも気づいた。
涙が、頬を伝っていた。
でもそれは、悲しみなんかじゃない。
ようやく辿り着いた、そう思える、あたたかい涙だった。
(第3章 第25話に続く)