渓谷の底にたどり着いたレイラ。
全身は汗に濡れ、前髪が額に貼りつく。
手ぐしでささっと整えると、周囲を見渡す。
月光は届かず、頼れるのは、魔石の欠片が放つ淡い光だけだった。
「……こんなところで、本当に会えるのかな」
思わず、弱音が漏れる。
ぬかるむ地面、焦げた灰、崩れかけた岩肌。
どれも人の気配など感じさせない、死に絶えた場所に思えた。
それでもレイラは前を向いた。
孤児院の日々を思い出す。
冷たくて、暗くて、希望なんて一つもなかった。
でも今は、違う。
「それに比べたら、ずっとマシ。……だって、私は自分の足で、どこへでも行けるんだから!」
言葉にした途端、笑みがこぼれる。
――どれだけ前向きなの、私って。
でも、今はそれでいい。
余計なことは考えない。
ツバサに会いたい。
その気持ちだけで、胸が温かくなる。
一歩、足を踏み出す。
その歩みに、迷いはなかった。
***
「ひぃー」
叫んだ。
何か得体の知れないものを踏んづけた。
適度な弾力。
それでいて、グニョグニョした不思議な感触。
俺はゆっくりと片足を上げて、光信号機を向ける。
見たくなかった。
でも、確認せずにはいられない。
ポチ。
ボタンを押し込むと同時に、周囲を一瞬で照らす。
「げっ、ま、マジか……」
***
「えっ、なに!?」
悲鳴のような、獣の叫び。
レイラの体がこわばる。
耳は良い方だった。
暗闇のなかで、音を頼りに遊んだ日々。
レイラは耳を済ます。
聞こえるのは渓谷に吹きすさぶ風の音だけで、叫び声は聞こえない。
「なんだろう……モンスターとかいるのかな……」
急に怖くなってきた。
ここは異世界。地球とは違う。
現実が頭をかすめ、足がすくんだ。
それでもなんとか前に繰り出すと、ぼやっとした灯りが遠くに見えた。
誘われるように前に進むと、大きな魔石の塊が見えた。
先の攻撃で岩肌が溶けて、中身が見えたのだろう。
レイラは足早に近づくと、腰を降ろした。
暗闇のなかの灯火。
少し、ほっとした気分になれた。
「ツバサ、来てくれてるかな」
***
照らし出されたのは、透明な何か。
半分は濁っていて、まるでクラゲの巨大版のようだった。
どろっとした見た目から、そう感じた俺は、勇気を振り絞って靴の先でつついてみる。
ブヨン、とした感触が戻ってくる。死んでいる……?
「昔は、海の底だった……なんてオチはないよね……」
俺はそんな馬鹿なことを繰り返し考えた。
だって、どう見てもスライムじゃん!
叫びたくなる口をきつく縛る。
足元に注意しながら、前に進むと、遠くに灯りが見えた。
それを目印に進むと、大きな魔石の塊に行き着いた。
岩肌は、硬質なガラスのように輝き、マグマが溶けた跡のように思えた。
「……レイラと会えるのか、こんな状況で?」
疲れた俺は、岩肌を背に座り込む。
すると近くで、何かの足音が聞こえた気がした。
(第3章 第24話に続く)