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第23話:封印と邂逅 (Part 3)


 渓谷の底にたどり着いたレイラ。


 全身は汗に濡れ、前髪が額に貼りつく。


 手ぐしでささっと整えると、周囲を見渡す。

 月光は届かず、頼れるのは、魔石の欠片が放つ淡い光だけだった。


「……こんなところで、本当に会えるのかな」


 思わず、弱音が漏れる。


 ぬかるむ地面、焦げた灰、崩れかけた岩肌。

 どれも人の気配など感じさせない、死に絶えた場所に思えた。


 それでもレイラは前を向いた。


 孤児院の日々を思い出す。

 冷たくて、暗くて、希望なんて一つもなかった。

 でも今は、違う。


「それに比べたら、ずっとマシ。……だって、私は自分の足で、どこへでも行けるんだから!」


 言葉にした途端、笑みがこぼれる。


 ――どれだけ前向きなの、私って。


 でも、今はそれでいい。

 余計なことは考えない。


 ツバサに会いたい。

 その気持ちだけで、胸が温かくなる。


 一歩、足を踏み出す。

 その歩みに、迷いはなかった。


       ***


「ひぃー」


 叫んだ。

 何か得体の知れないものを踏んづけた。


 適度な弾力。

 それでいて、グニョグニョした不思議な感触。


 俺はゆっくりと片足を上げて、光信号機を向ける。

 見たくなかった。

 でも、確認せずにはいられない。


 ポチ。


 ボタンを押し込むと同時に、周囲を一瞬で照らす。


「げっ、ま、マジか……」


       ***


「えっ、なに!?」


 悲鳴のような、獣の叫び。

 レイラの体がこわばる。


 耳は良い方だった。

 暗闇のなかで、音を頼りに遊んだ日々。


 レイラは耳を済ます。

 聞こえるのは渓谷に吹きすさぶ風の音だけで、叫び声は聞こえない。


「なんだろう……モンスターとかいるのかな……」


 急に怖くなってきた。

 ここは異世界。地球とは違う。

 現実が頭をかすめ、足がすくんだ。


 それでもなんとか前に繰り出すと、ぼやっとした灯りが遠くに見えた。

 誘われるように前に進むと、大きな魔石の塊が見えた。


 先の攻撃で岩肌が溶けて、中身が見えたのだろう。


 レイラは足早に近づくと、腰を降ろした。

 暗闇のなかの灯火。


 少し、ほっとした気分になれた。


「ツバサ、来てくれてるかな」


       ***


 照らし出されたのは、透明な何か。

 半分は濁っていて、まるでクラゲの巨大版のようだった。


 どろっとした見た目から、そう感じた俺は、勇気を振り絞って靴の先でつついてみる。


 ブヨン、とした感触が戻ってくる。死んでいる……?


「昔は、海の底だった……なんてオチはないよね……」


 俺はそんな馬鹿なことを繰り返し考えた。

 だって、どう見てもスライムじゃん!

 叫びたくなる口をきつく縛る。

 足元に注意しながら、前に進むと、遠くに灯りが見えた。


 それを目印に進むと、大きな魔石の塊に行き着いた。

 岩肌は、硬質なガラスのように輝き、マグマが溶けた跡のように思えた。


「……レイラと会えるのか、こんな状況で?」


 疲れた俺は、岩肌を背に座り込む。

 すると近くで、何かの足音が聞こえた気がした。



(第3章 第24話に続く)


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