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第22話:封印と邂逅 (Part 2)


 峡谷の底に着くまで、数分。

 体感では、底なしに思えた渓谷だったが、薄っすらと地面が見えたときには思わず声を張り上げた。


「よしゃ、もうすぐ!!」


 地面に降り立って気づく。

 周りから焼け焦げた臭い、炭のような塊が散乱し、地上からは分からなかった凄惨な光景が、ありありと目の前に広がっていた。


 さっきまでの勢いが削がれる。

 蘇るのは、横たえた黒い布を被された、死体……。


 喉の奥に酸っぱいものが込み上げ、無理やり飲み込む。


「……うぅ。こんなことになっているとは……」


 また、自分の想像力のなさに打ちのめされる。


 しかし、これが現実だと言い聞かせて、奥歯を噛みしめる。

 魔導アームをリュックにしまい、代わりに光信号機を手にする。


 もう一つ、ボーラのような投擲武器を手に取る。

 小型ボウガンの形状で、紐の両端に礫が付いたそれは、獲物の脚を絡め取るらしい。


「こんな武器があるってことは、やっぱりモンスターとかいるんじゃないか……」


 独りごちるが、ないよりはましだと手に取ってみた。だが、何に使うのかという思いが押し寄せ、召喚者の思考が読み解けそうで、慌てて振り払った。


 ゴツゴツした岩場と焼け焦げた木。足場はぬかるんでいて、歩きにくい。

 角を曲がるたびに、小さな悲鳴が漏れる。


 真っ直ぐな道はなく、右へ左へと進むうちに、どっちに進んでいるのかわからなくなった。

 それでも、と自分に言い聞かせ、ついでに小さな、ときには大きな悲鳴を上げながら進む。

 そのときだった。


「あっ。俺、どうやってレイラを探すんだ?」


 今さら、今さらだ。

 姿かたちを知らない相手を、こんな辺鄙な場所で、しかも待ち合わせ場所もなし。


「……詰んだかもしれん」


 呆然と立ち尽くす。

 だが、近づいてくる足音に、まだ気づかなかった。


       ***


【アストラルド、監視塔】 


 ひとりの女魔導士が塔のデッキに立ち、暗闇の渓谷を見下ろしていた。


 月光はなく、暗闇に染まる渓谷。

 それでも魔石の残滓の影響か、微かに光を帯びた光景が、紫の瞳に映る。


「裏切ったか……」


 白壁の塔を暗闇が覆うなか、わずかに笑い声を漏らした女魔導士。

 胸元に刻まれた星刻の紋が、淡く光を帯びた。


 もし聞けば背筋を凍らせ、血の気が引くであろうその声。だが、幸いにも、それを聞く者はいなかった。


       ***


【ゾルティス連合、岩壁の塔】


「上手くいきました」


 塔の闇の中で低く囁く声。


「召喚者は単純で助かる」


 答えた相手もまた、暗闇に紛れていた。


「次の段階に進みます」


「ああ、頼む。ルクセリオンを我が手に」

「ルクセリオンを我が手に」


 妄信的に繰り返すその声は、やがて闇に漂い周囲を飲み込む呪言となった。



(第3章 第23話に続く)


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