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第21話 封印と邂逅 (Part 1)


 レイラは塔の石の階段を静かに降りていた。見張りの巡回時間とルートは頭に入っている。

 誰にも見つからずに地上へ着くと、かつて獣人の子どもに教わった抜け道を目指した。


 そこは昔、渓谷の魔石を採りに行くための道だった。

 今では資源も尽き、誰も使わなくなって久しい。


 さらに先の大戦以降、渓谷へ通じるすべての道は封鎖され、立入禁止区域となった。

 抜け道が今も残っているかどうかは、誰にも分からない。


 それでも、レイラは賭けていた。


 このままでは、本当に戦争が始まってしまう。

 ゾルディスだけを守っても意味がない。

 アストラルドにも、大勢の人が暮らしているのだから。


       ***


【アストラルド・監視塔】


 俺は急いで資料室に入り、まず魔導アームを手に取る。


「クソ、こんなことなら新作、完成させておけばよかった」


 手のひらにはめる新型の装置は未完成。

 峡谷の下に降りるには、旧型のアームに頼るしかない。


 だが、両手が使えないという欠点がそのままだ。


 それでも周囲にあった使えそうな道具をリュックに詰め込む。

 何が必要になるのか、まるで見当もつかなかった。


 渓谷の底。


 暑いのか寒いのか、どれほど深いのか。何一つ分かっていない。


「あーもう。イライラする!」


 手当たり次第に荷物を詰めて、部屋を飛び出す。

 渓谷から吹き上げる風が、まるで獣の咆哮のように響いていた。


「……モンスターとか、いないよな?」


 武器と呼べるものは、光信号機だけ。

 これは黒い霧を霧散させるための装置で、物理的な敵に通じるかは未知数だ。


 恐る恐る崖に近づく。

 ぎりぎりまで足を進め、下を覗いた。


「くっそぉ……なんでこうなった……」


 何も見えない。ただ、暗闇が口を開けているだけ。

 吹き上げる風に髪が逆立つ。


 振り返って逃げようとする脚を、必死に抑え込む。


「……よ、よし、点火!」


 両腕にはめた魔導アームを起動する。シュッという音とともに、体が震えた。


「もってくれよ……魔導アームちゃん……」


 レバーを握ると、体がふわりと浮いた。


 試運転の経験を頼りに、地面がなくなるタイミングでレバーを握り直す。

 操作手順を呪文のように繰り返しながら、そろそろと前へ踏み出す。


 ふと、足元が消えた。真下には暗闇。

 次の瞬間、自由落下が始まった。


「うぉぉぉ!」


 俺の絶叫が、夜の渓谷に裂けた布のように響く。


       ***


【ゾルティス連合、岩壁の塔】


 一方、レイラも渓谷に近づいていた。

 誰も追ってきていない。何度も振り返って確認した。


「ここを通れば、いける!」


 そう言える理由があった。

 崖に沿って造られた足場は、片足がぎりぎり乗るほどの幅しかなく、苔むした石が闇の中へと延々と続いていた。


 レイラはふうっと息を吐くと、一歩を踏み出す。


 思い出すのは、孤児院での夜。

 こっそり部屋を抜け出すために使った、雨戸の溝。

 不安定で、所々が朽ちていたが、それでも今よりは慣れていた。


「大丈夫、私なら行ける」


 下を見ないように、前だけを見て足を進める。


 深淵に向かう足場を、レイラは命がけで下り始めた。



(第3章 第22話に続く)


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