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第20話:言葉の届く距離 (Part 4)


 「レイラ。黒の霧は、君が操っているのか?」

 「俺だって信じたい。でも、今は……無理だ」


 手紙の文字が脳裏に浮かび、胸に小さな痛みが刺さる。


「そっか……信じたいんだね。私も、同じだよ」


 紙を胸に抱き、夜空を見上げる。

 雲の隙間から二つの月が顔を覗かせていた。


 欠けゆく月と、まだ満ちる月。

 距離はあるけれど、同じ空にいる。


 その事実だけが、今は救いだった。 


 返事を書かなきゃ。それも今夜のうちに。


 レイラは部屋に戻り、蝋燭に火を点けた。

 細い炎が揺れるたび、紙面に浮かぶ彼の言葉も小さく揺れている。


 さっきまで凍えていた指先が、熱を取り戻すのを感じながら、レイラは新しい月折波にペンを走らせた。


       ***


【アストラルド、監視塔】


 塔のデッキで陽が沈むのを見ていた。

 何もしたくなかった。


 兵士が帰った後も、俺はただ座って峡谷を眺めていた。


「なんでこうなった……。召喚者なんて、一体誰が頼んだよ!」


 口に出る言葉は、他人の批判ばかり。

 自分のことを言いたかったが、それを口にするだけの勇気も、根性もない。


 ヘタレ野郎。内心で呟く。


 吹き上げる峡谷の風の冷たさに、いい加減飽きてきた俺は、重い腰を上げた。

 そのときだった。


 デッキの隅に白い折り鶴が、器用に嘴を折り曲げて挟まっているのが見えた。


「……えっ、まさか昨日の夜から?」


 驚きながらもふらつく足をどうにか動かして、手に取った。

 自分宛なのはすぐに分かった。


 折り鶴は俺の手のひらでするすると折り目をほどいて、一枚の紙になる。


 夕刻。


 文字は見えない。

 真っ白な紙があるだけだった。


「……ふう。レイラ、君は強いよ。俺の手紙を見て、まだ返事を出そうとするなんて」


 呆れた俺は、手紙と分厚いファイルを手に、部屋へと戻った。


 今日の夕食は、軽め。

 あんなものを見た後だというのに、お腹が減っていた。

 図太いのか繊細なのか、自分でもよくわからなくなっていた。


 お米と味噌汁。

 おかずなし。


 いつぞやの食事に似ていたが、今はそれだけで十分だった。


 食べ終わった後、資料室にでもいこうかと思ったが、ふと折り紙のことを思い出し、デッキにでて紙をかざす。


 いつもなら淡く光るはずが、今日はなぜかほとんど光らない。

 空を見上げるも、雲一つない夜空だった。


「ん? なんでだ?」


 裏表があるのかと、裏返してみるが同じだった。

 出しっぱなしの机に紙を置いてみた。


 やがて薄っすらと文字が浮かび上がる。


「薄いインクで書いたのか?」


 紙の端を指で擦ると、英語から日本語になる……はずだった。


「……どういうことだ?」


 そこには確かに日本語の文字があった。だが、その文字が今まさに消えかけている。

 なんとか読めた文字に、背筋が凍りついた。



 「ツバ……私は今……渓谷……き……す。


  会って……したい。

  ……あなたを知りた……。


  ……の手紙……頃には、私は……向か……います。


  もし嫌な……来な……も大丈……です。

  朝まで待……す。

  ……くれた……の全部を……にあ……す。

                  ……女、レイラより」



「なんだよ、くそ!」


 目を凝らしてみても、細めても読めなかった。

 夜空にかざす。


 特定の角度にしたときだけ、文字が浮き上がるのがわかった。

 紙をずらしてみると、夜空に月が二つ浮かんでいた。


 地球の月とは違い、そこにあるのは分かるが光っていない。

 つまり、月光がない。


「これか!」


 慌てて月に向ける。すると最初の文字が見えた。


「『ツバサ、私は今から渓谷に行きます』……えっ、マジか。もう向かってるのか!?」


 他の文章をどうにか読もうとしたが、文字はすでに力を失い、跡形もなく消えていた。

 同時に、月は夜空に浮かぶだけの星になっていた。


 俺は急いでペンを掴んだ。

 書いて意味があるのか? そんな疑問がよぎる前に、文字を叩きつけるように走らせた。

 月光の下でしか読めないにしても、万が一のことを考えて、震える手で書き殴った。



 「今から行く。レイラ、渓谷で待っててくれ! ツバサ」



(第3章 第21話に続く)


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