実家の母親から奇妙な電話があったのは、七月に入ってすぐだった。
「ちょっと長野の飯田市まで用事をたのまれてくれないかい?」
僕が下宿しているのは通っている東京の大学からほど近い下町だ。隣の下宿仲間の物音は聞こえるし、風呂もトイレも共同の四畳半だが、本を読む以外の楽しみがない自分にとっては特に不足はない。大家夫婦は、家督を子供たちに譲って悠々自適にしている70代の、穏やかなとてもよい人たちだった。
家庭教師のアルバイトから帰宅するとすぐ、大家の奥さんから実家の母から連絡があったと声を掛けられた。電話は1階の大家の住む廊下にある。気にせず使ってよいと言ってもらったので、ありがたく実家の母に電話を掛けた。黒電話のダイヤルを回す、ジーコジーコという音が廊下に響く。
そこで言われたのが、飯田市のある村の神社にお参りに行って、数日間、祭に参加してほしいという話だった。
「……どういうこと?」
「
言われてみれば、親戚の法事でそんな人たちがいたかもしれないが、小学生の頃なので記憶が曖昧だ。あとから聞いたが、「山内」というのは名字ではなく号だったので、名前さえも覚えていない。
「小学生くらいだからあんまり覚えていないよ。確か、兄さんや姉さんたちと年が近い子供がいたんじゃなかった?」
「そうそう、
電話口で話す母の声色にも、困惑が感じられた。そんな行ったことがない村の祭に、全く関係がない僕が何をするのだろうか?
「そんなに重要なお祭りに、部外者の僕が参加できるとは思えないけれど……」
おずおずと言う僕に、母は困ったように付け加えた。
「それはそうなんだけど。でも、もう日がないからってお金まで送ってきているのよ。迷惑料も込みだから、どうしても了承してほしいって。母さん断りづらくって」
聞けば、仕送り三か月分はゆうにある金額だった。アルバイトと勉強で喘いでいる僕からしたら大金だ。六人きょうだいの末っ子で、兄姉はとっくに独立、結婚して家庭持ちになっているのもいる。末っ子で学問しか取り柄がない学生の僕は、とにかく肩身が狭い。断れるはずがなかった。
「重要だけど、やることは簡単だっていうし、宿まで取ってくれてるみたいだから、ちょっとした夏休みの旅行だと思って受けてあげてくれる?」