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北のオンベ様と七月の祭
北のオンベ様と七月の祭
榛葉 琥珀
ホラー怪談
2025年05月26日
公開日
1.9万字
連載中
昭和40年代後半。東京の大学生・藤木六朗は、母親の親戚から奇妙な依頼を受け、長野県飯田市の「那谷村」に行く。祭のため、この村の「水神社」にお参りし、祭に参加してほしいという話だ。 仕方なく遠出し、さびれた神社にお参りした六朗。だが、ちょっとした事故で祠が壊れてしまう。 村人に捕らえられ、生贄に選ばれる六朗。そこに、祭の見届け役として招かれていた美少女・舘梅が、六朗に助け船を出してくれる。 四日後に行われる季節外れの祭。さびれた神社に配置された四つの古い祠。 閉鎖的な村に隠された謎を解く中、第一、第二の事件が起こる。祟りに翻弄される村人たちの混乱と欺瞞を暴いていく梅。 ――果たして六朗は、生きて帰ることができるのか? ※本作品には不快な内容が含まれている可能性があります。 ※この物語はフィクションであり、実際の場所、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。

第1話

 実家の母親から奇妙な電話があったのは、七月に入ってすぐだった。

「ちょっと長野の飯田市まで用事をたのまれてくれないかい?」


 僕が下宿しているのは通っている東京の大学からほど近い下町だ。隣の下宿仲間の物音は聞こえるし、風呂もトイレも共同の四畳半だが、本を読む以外の楽しみがない自分にとっては特に不足はない。大家夫婦は、家督を子供たちに譲って悠々自適にしている70代の、穏やかなとてもよい人たちだった。

 家庭教師のアルバイトから帰宅するとすぐ、大家の奥さんから実家の母から連絡があったと声を掛けられた。電話は1階の大家の住む廊下にある。気にせず使ってよいと言ってもらったので、ありがたく実家の母に電話を掛けた。黒電話のダイヤルを回す、ジーコジーコという音が廊下に響く。

 そこで言われたのが、飯田市のある村の神社にお参りに行って、数日間、祭に参加してほしいという話だった。


「……どういうこと?」

六朗ろくろうは小さい頃にしか会ったことないのだけれど、母さんの従兄弟が飯田市に住んでいて、その村で行われる祭があるらしいのね。ほら、山内のおじさん、おばさんって呼んでたの。覚えてない?」

 言われてみれば、親戚の法事でそんな人たちがいたかもしれないが、小学生の頃なので記憶が曖昧だ。あとから聞いたが、「山内」というのは名字ではなく号だったので、名前さえも覚えていない。

「小学生くらいだからあんまり覚えていないよ。確か、兄さんや姉さんたちと年が近い子供がいたんじゃなかった?」

「そうそう、北澤茂きたざわしげる君ね。その茂君が、その祭の当番? らしいのよ。何でも、その村――那谷村なたにむらの重要なお祭りがもうすぐあるんだけど、茂君が怪我をしてしまって動けないらしいの。だから、あなたに代わりで行ってほしいって」

 電話口で話す母の声色にも、困惑が感じられた。そんな行ったことがない村の祭に、全く関係がない僕が何をするのだろうか?


「そんなに重要なお祭りに、部外者の僕が参加できるとは思えないけれど……」

 おずおずと言う僕に、母は困ったように付け加えた。

「それはそうなんだけど。でも、もう日がないからってお金まで送ってきているのよ。迷惑料も込みだから、どうしても了承してほしいって。母さん断りづらくって」

 聞けば、仕送り三か月分はゆうにある金額だった。アルバイトと勉強で喘いでいる僕からしたら大金だ。六人きょうだいの末っ子で、兄姉はとっくに独立、結婚して家庭持ちになっているのもいる。末っ子で学問しか取り柄がない学生の僕は、とにかく肩身が狭い。断れるはずがなかった。

「重要だけど、やることは簡単だっていうし、宿まで取ってくれてるみたいだから、ちょっとした夏休みの旅行だと思って受けてあげてくれる?」


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