時は、季節のめぐりが静かに新たな循環へと移るころ――。
ア家の当主アマカギと、イ家の当主イハナギは、神木のもとで、深く静かな祈りを捧げていた。
「火と水が交わり、命の鍵をひらかんことを。」
「律と光が結び、未来を照らす子が授かることを。」
ふたりの声が、風にとけ、葉を揺らし、幾たびもの魂結(たまむすび)が交わるたび、宿された一粒の神の実は、ひときわ眩い光を孕んで、膨らんでいった。
やがて、宿実(しゅくじつ)の季を越え――。
その日。
「実生き儀(みいきのぎ)」が訪れる。
共衣(ともぎぬ)を纏い、静かに佇む二柱の前で、神木の枝がかすかに震え、音もなく、実がふわりと地へ落ちた。
柔らかな迎え籠(むかえかご)にすとんと納まったその実に、アマカギとイハナギが同時に手を伸ばす。
その瞬間――。
ぱん、と殻が割れ、まばゆい光が溢れた。
そこにいたのは、ひとりの子。
白金の毛並みに、朱金の光を宿す前髪は、羽のようにふわりと揺れ、頬や肩には、うっすらと薄桃色の鱗がきらめく。小さな四肢の先には、深い臙脂色の蹄。
そして――目は、左右で違う色を宿していた。
右目は、澄んだ琥珀。
左目は、燃えるような真紅。
その姿を見た瞬間、ふたりの当主は言葉を失った。
「これは……。」
まるで、遠い昔に記された始祖「原初のア」の姿。
どちらともつかぬ性、しかし両方をまとうような神秘性。額には淡く、揺れるような光の紋が浮かび上がる。
その場に居合わせた神職たちは、ただ静かにささやいた。
「これは再臨か……。それとも、新しき命のはじまりか……。」
ふたりは、その子に名を与えた。
名は――アミツキ。「甘露の実」と「満ちる月」にちなんだ、やさしく響く名。