春の風が、ア家の奥庭をやわらかく撫でた。神木の葉がさらさらと音を立てるたびに、陽光の粒が揺れ、枝に残る花弁がふわりと舞う。
中央に立つのは、母であり当主のアマカギ。
長く美しい銀白の髪は、緩やかに風に遊ばれている。額からのびた前髪には、朱金に光る羽飾りと呼ばれる始祖の系譜を表している――ア家の印たる「冠(かむり)」が、ひときわ神々しくきらめいていた。
その紅の瞳が、いつになく穏やかに細められる。
「さあ――今日は、この子を正式に紹介する日だよ。」
隣に立つのは、イ家の当主イハナギ。
その漆黒に近い藍の長髪を後ろで束ね、銀の龍紋簪を挿している。水晶のように澄んだ淡銀青の瞳が、腕に抱く小さな存在をとろけそうな目で見下ろしていた。
その視線の先にいたのは、産まれて間もないアミツキ。
白金の毛並みが陽を受けて柔らかく光り、その生まれを示すように朱金の羽のような前髪がふわりと揺れている。
薄桃色の小さな鱗が額や肩にちらちらと浮かび、臙脂色の小さな蹄がきゅっと抱え込まれていた。
そして、彼女の目――。
右目は、澄んだ琥珀。
左目は、深く艶やかな真紅。
その瞬間、現れた家族の誰もが息を呑んだ。
「うわ、おめめ、ちがう色だ……!」
最初に言葉を漏らしたのは、長女アマユラ。
銀髪を三つ編みにして、額には蒼銀の紋。母譲りの端正な顔立ちに、父イハナギの静けさを宿す九歳の少女だ。
「え、なに、なに……こんな子、初めて見た……!」
驚きとともに前のめりになるアマユラの横で、ふわふわの銀髪を揺らしながら、次女アサナミが目を輝かせた。
袖の中にそっと手を隠しながら、興奮を抑えきれない様子で生まれたばかりのその子を覗き込む。
「うちの実子、神様の落とし物だったのかな……って本気で思ったわ……!」
「えっわかる。っていうか、あの目、見られるだけで正座したくなるんだけど……。」
ころんと転がるように駆け寄ってきたのは、三女アナキメ。短く切り揃えた銀灰色の髪に、鷹の羽根飾り。聖炎のように澄んだ目が、アミツキをじっと見つめる。
一言も発さず、真横にぺたんと正座した。
「クゥ?」
アミツキが小さく鳴いた。
尻尾がふわりと揺れると、姉たちは揃って胸を押さえた。
「……なに今の、声まで反則すぎる……!」
「姉妹って……尊すぎて……苦しい……。」
アサナミがその場にくずおれ、アマユラが涙目になりながらも笑った。
そのとき、横から声がした。
「……イハナギ、顔。ゆるみすぎです。」
呆れたようにアマカギがため息とともに冷めた目を向ければイの当主として威厳を保つかのように咳払いをして天井を見上げた。
しかしその視線も、アミツキに向かうと――。
「瞳の色はね、あれはア家の始祖の記録にも残る特別な配色で……ふふ、背の鱗の薄さも、昔の麒麟にそっくりだって……ああ、鼻先もかわいい……っ!」
この調子である。
「……父上、もうちょっと理性を……!」
アマユラが突っ込むのも無理はない。イハナギはすでに頬がゆるみきって、とろけそうな笑みを浮かべていた。
「な? な? 可愛いだろう……アミツキって名前なんだ。クゥ、と鳴いても、ちゃんと我らの言葉はわかっておるんだぞ〜。賢いなぁ~。」
「父上がデレてる……。」
アマカギはふぅ、と小さくため息をつきながらも、唇の端がわずかにほころんでいた。
そして静かに告げる。
「……この子も、おまえたちと同じ。私の娘。ア家に生まれ、願いの実から生まれ落ちた、かけがえのない家族だよ。」
その言葉に、三姉妹は顔を見合わせ、にっこりと笑った。
「うん!」
「よろしくね、アミツキ!」
「かわいい、かわいい妹……。」
アミツキがまた「キュン?」と小さく鳴く。真紅と琥珀の瞳が、順に姉たちを見つめた。
それはまるで、はじめての「こんにちは」を、目で伝えるように――。
そしてこの日、ア家の娘たちは、確かに「家族」になったのだった。