春の風が、なにかを包むように、そっと撫でていた。
……やわらかい音がする。さらさら、さらさら。見上げた空は明るくて、まぶしい光の粒がふわふわと揺れていた。
風の匂いに混じって、あたたかい気配がある。
――ああ、ここは……。はじめて見る空。けれど、なぜか懐かしい。
私は腕に抱かれている。高いところから、誰かの胸にぴったりと包まれて。ぬくもりが、鼓動が、ゆっくりと伝わってくる。心地よくて、ほんのり甘い。
この人が、父なのだと知っている。
イハナギ。水のように澄んだひと。静かで、深くて、でも優しい波をもった声。その声が耳元で何度も私の名を呼ぶたび、胸の奥がふわっとあたたかくなる。
――アミツキ。
それが、私の名前。
けれど……そのあたたかさのなかで、不意に、私は少しだけ不安になった。
周囲に集まった大人たちのざわめき。
母と父が、どこか困ったような声で何かを話している。
「……うわ、おめめ、ちがう色だ……!」
「「え、なに、なに……こんな子、初めて見た……!」
声には、戸惑いと驚き、そして少しの……困惑が混じっていた。
なにか、いけなかっただろうか。
胸がきゅっと小さくなる。
――見た目が、変だったのかな。こんな目、よくないのかな。
――父も母も、がっかりしていたらどうしよう。きらわれたら、どうしよう。
小さな不安が、ぽつ、ぽつと心に落ちていく。
私はなにも言えない。ただ、「クゥ」と鳴くことしかできない。でも、聞こえるすべてをわかっている。
だからこそ、不安で、こわくて――。
そのとき。
「……この子も、おまえたちと同じ。私の娘。ア家に生まれ、願いの実から生まれ落ちた、かけがえのない家族だよ。」
母の声が、やさしく響いた。
ああ――あの声だ。毎晩、実に語りかけてくれていた、あのぬくもり。
アマカギ。母。
冠をつけた、美しいひと。あの紅の瞳で、私を見てくれている。
まっすぐに、真っ赤なまなざしが私を受けとめていた。否定ではなく、疑いでもなく、ただ――まっすぐな、愛しさと誇りを込めた眼差しで。
その瞬間、胸の奥で固まっていたものが、ほろりとほどけた。
私は、ここにいていい。
この瞳でも、ちゃんと見つめ返していいんだ。
ひとり、またひとり。私をのぞきこみ、驚いて、笑って、胸を押さえたり、転がったり、正座したり。
「妹可愛い……!」
「尊すぎて、苦しい……」
「かわいい、かわいい妹……」。
そんなふうに言われるなんて思ってなかった。
姉という言葉もまだ知らないけれど。
でも、私を見てくれるそのまなざしが、とてもとても、うれしくて。
私は「キュン?」と鳴いた。
それはきっと、ありがとうの気持ち。
はじめましての気持ち。
そして、抱かれた父の腕のなかで、私はほんのすこし、尾をふる。
あたたかい。ここは――安心できる。
「……ただいま」って言いたい気持ちが、胸いっぱいに広がった。言葉にできないけれど、きっと、届いてる。
私の家は、ここにある。
母と父の腕の中に、姉たちのまなざしの先に。
今日、私は、はじめて「家族」になったのだ。
そしてきっと――ずっと、ここが私の居場所になる。