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第6話 魂の知ってること

 障子越しに落ちる午後の光が、居間の畳をあたたかく染めていた。輪になって座る家族たちの中央、アミツキはイハナギの腕にすっぽりと収まっている。白金の毛並みに、羽のような朱金の前髪がゆらゆら揺れて、眠たげな瞳がぱちぱちと瞬いた。



 「よう寝とるなあ。……抱かせてもろても、ええか?」


 やわらかな声。アミツキの耳がぴくんと動く。


イハナギがうなずき、そっとアミツキを渡したその先には、ふわりと橙色の気配。しなやかに笑う男の顔。耳飾りに、どこか狐を思わせる香り。


「……おお、軽いな。ほれ、フシミおじちゃんやでぇ。お姉ちゃんの父ですよ~。」


 柔らかな独特のなまり言葉に、アミツキの耳がぴくんと動いた。しかし、体を預けたままの姿勢から、ほんのわずかに背筋がぴんと強ばる。首元がもぞもぞと動き、手足を小さくすぼめた。


 「……あれ、ちょっと緊張してはる?」


 フシミが不思議そうに覗き込むと、アミツキはきゅん……と、小さく鳴いた。視線はふらふらとさまよい、でも泣き出すほどではない。ただ、まだ“なにかが違う”と、体が言っていた。


 「うわ、なんか、いやがってはないけど……ぎこちない?」


 アサナミが身を乗り出す。これはアミツキが見せる初めての反応である。


 「試してみても?」


 今度は、ずしりと重みのある声。


ぐっと腕に力のある男に、アミツキは受け渡される。漆黒に近い灰色の髪、鷹の羽飾り。モリタカ。今度は、アナキメの父。


「よし、わしやぞ。鷹の家の父じゃ。お姉ちゃんの父さんだぞ。心配ない。」


その声は頼もしいけれど、アミツキの体はやっぱり強ばる。尻尾がぴんと張り、耳がぴくぴくと震える。目を逸らし、きゅぅ……と鳴いた。


 「う……ぅ、クゥ……」


 ぎゅっと腕の中で固まったアミツキを見て、モリタカが困ったように眉を寄せた。


 「……わかるのか、本当に。これは驚いた。自分の父と、そうでない雄との違いが分かっているのか賢いな。」


 イハナギがそっと手を差し出すと、アミツキはぱっと目を見開き、すぐに腕を伸ばした。次の瞬間にはすっぽりと父の胸元に収まり、深く息を吐いて、するりと肩の力が抜けていった。


 「……うそやろ……顔がまったく違う。」


 フシミがぽかんとした声を漏らす。


 「すごいな……完全に、安心した顔になってる……。」


 モリタカもまた目を細める。


 「……これが、“魂のつながり”ってやつ?」

アマユラがぽつりと呟いた。


「まさか、こんなに幼いうちから、感じ取れるものなのね」

アマカギの目がやさしく細められる。


「父の腕って、そんなに違うのかなあ……」

アサナミがそっとアミツキの頭を撫でると、アミツキはうれしそうに「きゅう」と小さな声を漏らした。


「――ま、これが“群婚”やさかいね」

フシミが言う。


「この国では、父も、母も、ひとりと限らへん。群れとして育てるのが、昔からの形なんや」


「せやけど、“誰が生みの親か”――つまり、“誰に祈られて生まれたか”は、ちゃんと魂に刻まれてるもんやな」

モリタカが静かに続ける。


「この子にとっての父はイハナギで、わしやフシミは、お姉ちゃんたちの父。つまり、家族ではあるけど、"血のつながり"の意味はまた別や」


「子どもの前やし、難しい話はやめとこな」

フシミが、ぺたんと座っていたアサナミの頭をぽんと撫でる。


「ほな、わてらはちょいと、お姉ちゃんたちの“妹自慢”でも聞かせてもらおか?」


「えっ、いいの!?」

三姉妹の目がぱっと輝いた。


「じゃあ、まずわたし!」

と、アナキメが勢いよく手を挙げ、アミツキに似せてつくったぬいぐるみを胸に掲げた。


その姿に、大人たちの間から笑い声がこぼれた。

穏やかな午後の光が、居間の中にやさしく満ちていた。

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