障子越しに落ちる午後の光が、居間の畳をあたたかく染めていた。輪になって座る家族たちの中央、アミツキはイハナギの腕にすっぽりと収まっている。白金の毛並みに、羽のような朱金の前髪がゆらゆら揺れて、眠たげな瞳がぱちぱちと瞬いた。
「よう寝とるなあ。……抱かせてもろても、ええか?」
やわらかな声。アミツキの耳がぴくんと動く。
イハナギがうなずき、そっとアミツキを渡したその先には、ふわりと橙色の気配。しなやかに笑う男の顔。耳飾りに、どこか狐を思わせる香り。
「……おお、軽いな。ほれ、フシミおじちゃんやでぇ。お姉ちゃんの父ですよ~。」
柔らかな独特のなまり言葉に、アミツキの耳がぴくんと動いた。しかし、体を預けたままの姿勢から、ほんのわずかに背筋がぴんと強ばる。首元がもぞもぞと動き、手足を小さくすぼめた。
「……あれ、ちょっと緊張してはる?」
フシミが不思議そうに覗き込むと、アミツキはきゅん……と、小さく鳴いた。視線はふらふらとさまよい、でも泣き出すほどではない。ただ、まだ“なにかが違う”と、体が言っていた。
「うわ、なんか、いやがってはないけど……ぎこちない?」
アサナミが身を乗り出す。これはアミツキが見せる初めての反応である。
「試してみても?」
今度は、ずしりと重みのある声。
ぐっと腕に力のある男に、アミツキは受け渡される。漆黒に近い灰色の髪、鷹の羽飾り。モリタカ。今度は、アナキメの父。
「よし、わしやぞ。鷹の家の父じゃ。お姉ちゃんの父さんだぞ。心配ない。」
その声は頼もしいけれど、アミツキの体はやっぱり強ばる。尻尾がぴんと張り、耳がぴくぴくと震える。目を逸らし、きゅぅ……と鳴いた。
「う……ぅ、クゥ……」
ぎゅっと腕の中で固まったアミツキを見て、モリタカが困ったように眉を寄せた。
「……わかるのか、本当に。これは驚いた。自分の父と、そうでない雄との違いが分かっているのか賢いな。」
イハナギがそっと手を差し出すと、アミツキはぱっと目を見開き、すぐに腕を伸ばした。次の瞬間にはすっぽりと父の胸元に収まり、深く息を吐いて、するりと肩の力が抜けていった。
「……うそやろ……顔がまったく違う。」
フシミがぽかんとした声を漏らす。
「すごいな……完全に、安心した顔になってる……。」
モリタカもまた目を細める。
「……これが、“魂のつながり”ってやつ?」
アマユラがぽつりと呟いた。
「まさか、こんなに幼いうちから、感じ取れるものなのね」
アマカギの目がやさしく細められる。
「父の腕って、そんなに違うのかなあ……」
アサナミがそっとアミツキの頭を撫でると、アミツキはうれしそうに「きゅう」と小さな声を漏らした。
「――ま、これが“群婚”やさかいね」
フシミが言う。
「この国では、父も、母も、ひとりと限らへん。群れとして育てるのが、昔からの形なんや」
「せやけど、“誰が生みの親か”――つまり、“誰に祈られて生まれたか”は、ちゃんと魂に刻まれてるもんやな」
モリタカが静かに続ける。
「この子にとっての父はイハナギで、わしやフシミは、お姉ちゃんたちの父。つまり、家族ではあるけど、"血のつながり"の意味はまた別や」
「子どもの前やし、難しい話はやめとこな」
フシミが、ぺたんと座っていたアサナミの頭をぽんと撫でる。
「ほな、わてらはちょいと、お姉ちゃんたちの“妹自慢”でも聞かせてもらおか?」
「えっ、いいの!?」
三姉妹の目がぱっと輝いた。
「じゃあ、まずわたし!」
と、アナキメが勢いよく手を挙げ、アミツキに似せてつくったぬいぐるみを胸に掲げた。
その姿に、大人たちの間から笑い声がこぼれた。
穏やかな午後の光が、居間の中にやさしく満ちていた。