春の空気がようやく落ち着きはじめた頃、聖フィオナ女学院の朝は、いつも通り静かに始まった。
名門お嬢様学校として知られるこの学園は、格式と伝統を重んじる厳かな雰囲気に包まれており、生徒たちは所作も言葉遣いも慎ましく、美しい制服姿で通学してくる。
その中でも、2年A組の教室は、穏やかで礼儀正しい空気が流れていた――いつもの朝までは。
「はい、みなさん。静かにしてください。今日は転入生を紹介します」
担任の白鳥先生の一言で、教室に緊張が走る。
「転入生……? 今の時期に?」
「こんな時期に来るなんて、どんな子なのかしら……」
ざわつきの中、教室の扉がカチャリと開いた。
――その瞬間、空気が変わった。
現れたのは、まるで雑誌から飛び出してきたかのような金髪碧眼の美少女。
透き通るような白い肌、スラリとした長身、少し揺れた金の髪が朝日に照らされ、教室中が一瞬で沈黙した。
「……え? 外国人?」
「留学生? めっちゃ綺麗……」
「人形みたい……」
視線を一身に集めながら、少女はすっと教壇に立った。
そして、お辞儀をしたあと、口を開く。
「Good morning, everyone. I’m Ran Hyono. I’m very pleased to meet you all. I hope to get along well with everyone here. Thank you.」
流暢で、ネイティブそのものの発音。
柔らかく、響きの美しい英語。
生徒たちがポカンと口を開けたまま固まっていると、次の瞬間――
彼女は突然、肩を震わせた。
「ぷっ……ふふっ……あかん、あかんて……!」
英語のまま話し続けると思われたその金髪美少女が、突如笑い出したのだ。
「ごめん、ごめん、あんまり真面目に喋ってたら、自分でおかしなってもうて……」
「え……関西弁……?」
「うち、こんなん見た目やから、みんな外国人や思うやろ?
せやからな、せめて最初くらい期待に応えた方がええんちゃうか思て、英語で挨拶してみたんやけど……」
言って、彼女は頭を掻きながら照れたように笑った。
「ほんまは、日本生まれやけどな、幼い頃からイギリスに留学してて、育ちはほぼ向こうやねん。
せやから、英語の方が自然に出てまうし、日本語より関西弁の方がしっくりくるんや」
教室、静まり返る。
いや、もはや誰も言葉を発せない。
「せやけど、よろしく頼むわ。うち、瓢及鸞(ひょうのらん)言います」
自己紹介が終わった瞬間――
「……情報量が多すぎる……」
「日本生まれ? イギリス育ち? 関西弁? 金髪? ……混乱するわ!」
「いや、どこの属性やねん!」
クラスの誰かのツッコミで、一気に教室が笑いに包まれた。
それでも、誰もが思っていた。
――この子は、ただ者ではない。
そしてこの瞬間、2年A組の日常は、確実に変わったのだった。