転入生・瓢及鸞(ひょうのらん)が登場してからというもの、2年A組の教室はざわつきが止まらなかった。
金髪碧眼、まるで西洋人形のような美貌。
なのに、しゃべる言葉は、完璧な関西弁。
さらに、英語はネイティブ、でも日本人。
このあまりに刺激的な属性に、初対面から完全に脳の処理が追いついていない生徒が多数いた。
「……ねえ、あの子って、本当に日本人なの?」
「いや、なんかうっかり『Yes』って答えそうになるけど、確かに言ってたよね、日本生まれって」
「じゃあ、なんであんなに金髪なの? ハーフ? 留学の成長影響? 遺伝子革命?」
「ていうか、関西弁なのが一番混乱するんだけど……」
翌日の朝HRでも、話題はもちろん鸞一色だった。
当の本人はというと、窓際の席で頬杖をつきながら外を眺めている。
制服はきっちり着こなしているのに、なんだか妙に絵になる。
それだけで周囲の空気が少しだけざわつくのだ。
「……うち、なんかすごい目ぇつけられてる気ぃするな……」
鸞は小さくつぶやいて、机の中からスティック型のチョコを取り出し、ぽりっとかじった。
「そりゃあ、あんな自己紹介されたら、注目も集まるでしょ」
ふいに話しかけてきたのは、隣の席の少女だった。
艶やかな黒髪をふわりと結い、涼しげな目元が印象的な美人――都あずさ。
その柔らかい京ことばが、鸞の耳に心地よく響く。
「うち、都あずさと申します。お隣になりましたよしみで、よろしくお願いしますな」
「おお、京都の人か? 京ことば、上品でええなぁ」
「ええ、おおきに。でも鸞さんの関西弁も、たいそうにぎやかで……えっと……」
あずさが少し困ったように言葉を探す。
「……騒々しいって言おうとした?」
「そこまでは申してません!」
「ふふ、ええねん、うちも自分で自覚あるし」
鸞は笑って、チョコをもう一本取り出してあずさに差し出す。
あずさは戸惑いながらもそれを受け取り、小さく一礼してから口に運んだ。
「でも、ほんまにビックリやったわ。英語ネイティブで、金髪で、関西弁……」
「自分でもようわからんアイデンティティやで。おかげで、日本帰ってきてからずっと“なに人?”って聞かれてる」
「じゃあ、その髪と瞳の色は……」
「隔世遺伝らしいわ。なんか、かなり昔の祖先に英国人がおったとかで、うちの代でいきなりこれや」
「なるほど……奇跡の現象どすな」
「遺伝って、ほんま侮れんで」
そのやりとりを、周囲の生徒たちは耳をそばだてて聞いていた。
とはいえ、二人が発する“関西弁と京ことばの混在音声”は、
「同じ日本語のはずなのに字幕が欲しい」
という気分にさせるほど、異文化感にあふれていた。
「……でも、よう喋るな、あの子たち」
「うん、なんか漫才っぽくない?」
「ツッコミどころが多すぎて処理が追いつかない……」
そんな中、クラス委員長の東條深雪が、静かに立ち上がった。
彼女は冷静沈着、文武両道、男子顔負けのリーダー気質。
それゆえ、今回の“転入生騒動”にも一歩引いた目線で観察していた。
「……まあ、これから日常がどう変わっていくのか、ある意味楽しみね」
と、小さく笑って自分の席に戻っていった。
その言葉通り、まだ誰も知らなかった。
この日を境に、2年A組の平穏は音を立てて崩れていくことになる。
だが、それは決して悪い意味ではなくて――
とびきり愉快で、ちょっと面倒で、でも愛すべき“新しい日常”の始まりだったのだ。