煌びやかなシャンデリアが照らす大広間には、絢爛たる衣装を纏った貴族たちが集い、優雅に微笑みながら談笑を繰り広げていた。舞踏会の華やかな音楽が流れる中、一際注目を集める存在があった。深紅のドレスを纏い、冷ややかな微笑みを浮かべるタニア・ローズウッドである。
紅いドレスは一目見ただけで高貴な仕立てだとわかるもので、細かな刺繍と輝く宝石が施されていた。その堂々たる佇まいは、この社交界のどの令嬢とも異なる威圧感を醸し出している。タニアは、静かに周囲の注目を受け入れるかのようにゆったりと歩き出した。彼女の動き一つ一つが計算されたように美しく、誰もが視線を外せない。
「タニア様、今日も見事な装いでいらっしゃいますね。」
貴族の青年の一人が勇気を振り絞って声をかける。しかし、タニアはその言葉に応じることなく、薄い微笑みだけを返した。それは彼女が慣れている「表面上のやり取り」に過ぎなかった。
タニアが社交界でこれほど注目を集めるのには理由がある。かつて、彼女の家族はこの王国の中枢に位置し、多くの人々から尊敬を集めていた。しかし、突然の失脚――それも、裏切りによるものだった。彼女の両親を陥れたのは、侯爵令嬢ベアトリス・カーライル。ベアトリスの嘘と密告により、ローズウッド家は名誉を失い、父親は処刑され、母親は心労で命を落とした。
あれから10年。タニアは復讐のために、誰もが驚くほどの美貌と知性を手に入れ、社交界の舞台に舞い戻った。紅いドレスは、亡き母が遺した形見であり、彼女の決意を象徴する戦装束だった。
「ベアトリス、あの女も来ているはず。」
タニアは内心で呟くと、会場を見渡した。その瞳には冷たい光が宿り、笑みの裏には緻密に計画された復讐心が渦巻いていた。
すると、遠くのテーブル席に座る女性が目に入った。華やかなピンクのドレスを纏い、取り巻きたちを侍らせて高笑いをしている女性――侯爵令嬢ベアトリスだ。その姿を見た瞬間、タニアの中で胸に秘めた怒りが再び燃え上がった。
「お久しぶりですわね、ベアトリス様。」
タニアは微笑みを浮かべたまま、静かに彼女のテーブルへと歩み寄った。ベアトリスの取り巻きたちは、突然現れたタニアの美貌とオーラに圧倒され、思わず言葉を失った。
「まあ、タニア様。お見かけしないと思っておりましたが、こんなところにいらっしゃったのね。」
ベアトリスは一瞬動揺を見せたものの、すぐに笑顔を作り、軽く挨拶を返した。だが、その目はタニアの紅いドレスを一瞥し、不快感を隠せていない。タニアはその様子を見て、心の中で勝利の笑みを浮かべた。
「素敵な舞踏会ですね。ベアトリス様もお元気そうで何よりです。」
表面上は穏やかに言葉を交わすタニアだが、その声の裏には鋭い棘が隠されていた。ベアトリスはその微妙な違和感に気づいたのか、視線をそらしながらぎこちなく微笑む。
「ええ、とても楽しませていただいておりますわ。」
「それは良かったですわね。私は今夜、特別な意味を込めてこのドレスを選んだのですの。お母様の形見で、私にとって大切なものなの。」
タニアの言葉に、周囲の空気が一変した。取り巻きたちがざわつき、ベアトリスも一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに何事もなかったかのように笑顔を浮かべた。
「まあ、それは素晴らしいわね。お母様への愛情が伝わってくるわ。」
「そうでしょう?それに、このドレスは裏切りを許さないという私の信念も込められているの。」
タニアは柔らかく微笑みながら、ベアトリスの目をじっと見つめた。その瞬間、ベアトリスの顔から血の気が引いたのがはっきりと分かった。
「私、そろそろ失礼いたしますわ。またお話ししましょうね。」
タニアは軽く頭を下げ、その場を去った。だが、その背中から発せられる圧倒的な威厳に、取り巻きたちはしばらく動けなかった。
タニアは踊る人々の間をすり抜けながら、深紅のドレスの裾を軽やかに揺らして歩く。その微笑みは、社交界の華やかな場にふさわしいものだったが、彼女の心の中では既に次の計画が動き始めていた。
「ベアトリス、覚悟なさい。これは始まりに過ぎないわ。」
静かに呟いた言葉は、彼女の復讐の決意そのものだった。