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第20話 タニアの微笑み

 夜が更け、静寂が訪れた舞踏会の会場。誰もいなくなった広間の片隅で、タニア・ローズウッドは一人静かに佇んでいた。紅いドレスの裾を優雅に揺らしながら、彼女は周囲の静けさを感じ取っていた。この夜をもって、彼女の長きにわたる復讐の物語が幕を下ろす。そして、彼女は新たな旅立ちの準備を進めていた。



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過去との対話


窓越しに夜空を見上げたタニアの目に、月明かりが淡く映る。星々が輝く空は、これまでの険しい道のりを彼女に思い出させた。

父が理不尽な処刑を受け、母がその悲しみの中で亡くなったあの日――その日から、彼女は復讐のために生きることを決めた。だが、今日、この舞踏会をもってその復讐は終わりを迎えた。


「これで本当に終わったのね……。」

タニアは小さく呟き、自らに言い聞かせるように目を閉じた。その声には、安堵と僅かな虚無感が混ざっていた。


復讐のために費やした時間は彼女の人生の大部分を占めていた。それが終わった今、何を目指して生きればいいのかという迷いが、彼女の心に新たな問いを生じさせていた。



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アレクシスへの想い


タニアの胸の中には、もう一つの感情が渦巻いていた。それは、アレクシス・フォードに対する複雑な想いだった。フォード家は確かに彼女の家族を陥れた一族だが、アレクシスはその罪を背負い、自らの行動で償おうとしてきた。


「彼の言葉に嘘はなかった……でも、彼を完全に許すには、時間が足りなかったのかもしれない。」

タニアは自らの胸に手を当て、深く息をついた。


アレクシスが最後に告げた言葉――「あなたが幸せになることを心から願っています」――それが彼の真実だったことは、タニアにも分かっていた。だが、それでも彼を選ぶことができなかったのは、タニア自身が過去と完全に向き合い、乗り越えるにはまだ時間が必要だったからだ。


「アレクシス……ありがとう。そして、さようなら。」

彼女は微笑みながら、小さく呟いた。その微笑みには、彼への感謝と別れの決意が込められていた。



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未来への一歩


タニアは舞踏会の会場を後にし、静かな廊下を歩いていた。その歩みは軽やかで、紅いドレスの裾が柔らかく揺れている。廊下の先には、リゼットが待っていた。


「タニア様、すべてが終わりましたね。」

リゼットの声には、ほっとしたような安堵が滲んでいた。


「ええ、終わったわ。でも、それは同時に新しい始まりでもある。」

タニアは静かに答えた。


彼女は廊下の途中で立ち止まり、紅いドレスの裾を見下ろした。このドレスは、彼女の復讐の象徴だった。母の遺品であり、彼女が過去を背負いながら生きてきた証だ。しかし今、このドレスを纏い続ける必要はなくなった。


「リゼット、このドレスをしまっておいてちょうだい。これからの私は、違う姿で未来を歩むわ。」

リゼットはタニアの言葉に頷き、彼女の決意を理解したように微笑んだ。


タニアは新たな衣装を纏い、紅いドレスとは違う、柔らかな色合いのドレスに袖を通した。それは、彼女がこれから歩む穏やかな未来を象徴するかのようだった。



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最後の微笑み


朝日が差し込み始める頃、タニアは屋敷の前に立っていた。空は夜明けの光に包まれ、暗闇が徐々に薄れていく。その光景は、彼女自身の心に重なって見えた。


「夜明けがこんなに美しいなんて、今まで気づかなかったわ。」

タニアは小さく呟きながら微笑んだ。それは、これまでの復讐心に縛られた彼女の顔にはなかった、穏やかで自由な笑顔だった。


彼女はこれまでの人生を振り返り、静かに言葉を紡いだ。

「最後に笑うのは私。そうでしょう、父様、母様……。」


その言葉には、過去への感謝と未来への希望が込められていた。タニアは馬車に乗り込み、新しい土地へと旅立つ準備を始めた。これからの彼女の物語は、復讐ではなく、自分自身のための新しい人生の幕開けとなる。



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