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1時間後、俺は文字の書かれていない原稿用紙を手に持ちながら、机に突っ伏していた。文章をまともに書いたことがないことがない人間に、ハイ書いてみてって言われて、書けるわけがないのである。
書いては消し、書いては消しを繰り返し、進捗0%。二人は黙々と書いてやがるし......せめてアドバイスとかくれよ!!
「ん、どったの。」
「どったのじゃないっすよ。書けねえです。」
「ん~......そうだなあ。好きな小説とかないの?そういうの思い返して、意識して書いてみるとか。」
「好きな小説......先輩たちの小説ですかね。」
「......いやうれしいけど、そういうのなんの恥ずかしげもなく言えるのすごいね。」
「そうっすか?好きなんですから、好きって言いますよ。恥ずかしいもんすかね、それ。」
「いや、その、うん......そうだね。」
咲月先輩の顔は、なぜか少し赤くなっていた。
「あ、でも真似して同じように書けとかいう無茶ぶりはやめてくださいよ。マジ無理なんで。」
「はいはい」
俺はため息をついて、紙をじっと見つめる。
「難儀してるね~」
実先輩が伸びをしながら話しかけてきた。
「ええ、だいぶ。あ、そうだ。お2人が今書いてるのを見せてくださいよ。」
「「え」」
咲月先輩と実先輩が、同時にペンを落とした。
「咲月先輩言ってたじゃないっすか、好きな小説を意識して書くといいって。2人の小説好きなんで、参考にしたいです。」
「あ~......」
「う~ん......」
なぜか2人は渋い顔をする。
「あ、もしかしてお2人、あんまり作成途中のやつ見せたくない派だったりします?それならすみません。」
「ああ、いや......うん、そうだね。そういうことだから、ごめん。」
「あ、あはは......僕もそういうことだからさ。」
「ああいや、いいんすよ。俺の配慮不足でした。」
俺は2人に謝りつつ、また席に座る。
怪しい。絶っっ対に怪しい。あの焦っている感じ、絶対に何か隠してるだろ。意地でも2人の小説読んでやりたいけど......うーむ、どうしたものか。さすがに無理やり奪うってのは違うし。
こうなったら、なんかの拍子にタイトルだけでもチラ見してやる。
「ん~......あーだめだ、思いつかない。」
「お茶でも飲んで息抜きしたらどうかな。そこにポットとかあるから、自由に使っていいよ。」
「なんで部室にそんなものまで......まあいいや。じゃあ遠慮なく。せっかくですし、お2人の分も入れますよ。」
「ん、お願い。」
よしゃ、近づく口実ができたぜ。てか部室にお茶セット完備とか、それ許されていいのか?まあ深く考えんとこ。
俺はお茶を入れつつ、2人の様子をうかがう。気のせいだろうか、2人とも顔がにやついているような......?
「どうぞ、咲月先輩。」
「ありがと、気が利くね。」
「いえいえ。」
俺はお茶を置いて去りつつ、横目で原稿をチラ見する。さすがに一瞬で全部は読めなかったので、読めた部分だけ確認すると......
『後輩と私のイチャラブ空間~放課後の部室で』
......気のせいかしら。俺は見なかったことにして、実先輩のもとへお茶を置きに行く。
「どうぞ~」
「あ、ありがと~」
お茶を置いて、実先輩の原稿もチラ見する。今後も読めた部分だけだが......
『ラブパニック!!~意地悪後輩は僕にゾッコン』
......。いや、題材がアレなだけで、現実とリンクしてるわけじゃないし......うん。
俺は何も見なかったことにして、机に戻った。自分用に注いだお茶は、まともに味がしなかった。
この世には知らないほうがいいことがあると、ここで知った俺なのだった。
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