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第九話 魔への誘い―①

「―起きて。スカー、ほら起きて―」




透き通るようなやさしい声に誘われて私は目を覚ました。私の名は、スカーヴェル・ルミナス(愛称:スカー)光を司る一族として王国に仕える騎士だ。そして、先ほど私を起こしてくれた優しい声の主はエレナリア・セレイン(愛称:エレン)私の妻だ。




スカー「おはよう。エレン」




まだ眠気を帯びた目をこすりながら私はエレンに微笑みかけた。それに応える様に彼女もまた私に微笑み返してくれる。朝の光も相まってその微笑みは一層眩しく見える。




エレン「ほら、早くしないと訓練に遅れてしまうわ」




今、王国では魔物の活発化に伴い新たに30名ほどの兵を雇うこととなり、その教育係を任されているのだ。




スカー「そうだな。王国のためにも早く彼らに一人前になってもらわねば」




エレン「そのためには、あなたも頑張らないとね!」




そんな話をしながらエレンの作ってくれた温かい食事を終え、身支度を整えて訓練場へと向かった。鎧の隙間から伸びるマントがそよ風に揺れ、光の一族の紋章が淡く輝いた。この紋章は私の一族の証であり、誇りだ。朝の訓練場へ向かう途中、街の人たちに挨拶をする。親しみやすく、活気あるこの街の人々を見て、必ずこの国を守ってみせると心に改めて刻み付けるのだ。


訓練場に入ると若手の兵士たちが訓練に取り組んでいる。まだ拙い動きだが、皆、志が高く誠心誠意訓練をしている。




「―光の盾シールド・オブ・ホープさん!おはようございます!!」




私が入ってきたことに気づいた兵士たちが一斎に挨拶をしてきた。因みに光の盾とは、光属性魔法の使い手として、戦場では仲間を癒し、時に敵を浄化する。光属性魔法の使い手として、戦場では仲間を癒し、時に敵を浄化する。その姿からついた私の二つ名だ。




スカー「―ああ。おはよう!皆、気にせず訓練に戻ってくれ!」




私の言葉で兵士たちは訓練に取り掛かる。その間にもう一つの要件を済ませてしまおう。現在、王国内で蔓延っている噂について国王に呼び出されている。私は足早に謁見の間に移動をした。




王城の玉座の間は、静寂に包まれていた。


赤絨毯の上を進む――スカーヴェル・ルミナスの足音だけが、広い空間に響く。騎士団の象徴である白銀の紋章が胸元に光を宿し、光魔法の加護が漂うその姿に、側近たちも息を呑む。




玉座には、齢五十を超えてなお鋭い眼光を宿す王――レオハルト・エルディアス王が座していた。かつて「雷鳴の剣王」と呼ばれた老将であり、今なお威厳に満ちている。




レオハルト「スカーヴェル・ルミナスよ。よく参った」




スカー「はっ。陛下のお召しとあらば、いかなる時でも」




スカーは片膝をつき、右手を胸に添えて頭を垂れる。




王は頷くと、重々しい声で続けた。




レオハルト「……貴殿の働きは聞き及んでいる。先の北境討伐における功績、並びに民の救出。まこと見事であった」




スカー「光は、導くためにあります。私はただ、王国の民と正義のために剣を振るったのみ」




その言葉に、王は微かに口角を上げる。




レオハルト「……謙虚なことよ、相変わらずだな。だが今回は、栄誉ではなく“密命”を授ける」




スカーはわずかに顔を上げた。玉座の間が、一瞬冷たい緊張に包まれる。




レオハルト「――“黒涙ブラックティア”という名の薬物を知っておるか?」




スカー「……はい。市井で流行り始めているという噂は、耳にしています」




王は玉座の横に置かれた黒い小瓶を見せた。中には闇のように深い液体が揺れている。




レオハルト「これがその実物だ。摂取すれば強い幻覚作用と快楽を得られるが、魂を蝕まれ、やがて魔物と化す。……我が国の地下で、この忌まわしき毒が密かに流通している」




スカーは静かに目を閉じた。


この国を蝕む影は、想像以上に深い。




スカー「……調査を命じますか、陛下」




レオハルト「うむ。だが極秘裏に行え。公にすれば、敵は地下へ潜る。貴殿には――我が剣として、真実を暴いてもらいたい」




そして王は、玉座から立ち上がり、ゆっくりとスカーに近づいた。




レオハルト「スカーヴェルよ。これは王命であると同時に、私から“信じる者”への願いでもある。……頼むぞ。光の騎士よ」




その言葉に、スカーは深く礼を取った。




スカー「仰せのままに。命に代えても、王国の光を守り抜きます」




こうして、スカーヴェル・ルミナスは黒涙の調査に乗り出す。その先に待ち受ける悲劇など知る由もなしに―。



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