「さてと・・・あれ?あおいちゃん?どうしたの、こんな場所で」
やって来たのはおじいちゃんの工場で働いていた佐藤さんだった。働いていた人の中では一番若手で確かまだ30代だった気がする。
聞いた話によると病気になったおじいちゃんが入院中、直ぐに工場を閉める決意をしたみたいで、それで工場の後片付けとかの事を佐藤さんに任せたらしい。その後はおじいちゃんが紹介してくれた工場に移って今でもそこで旋盤の仕事をしている。
「えっと・・・おじいちゃんの旋盤台が気になっちゃって」
私は遠くを見るように旋盤を見つめていた。
「そうか、そうだよね、あおいちゃん昔はずっとここに通い詰めてたもんね。この工場も昭一郎さんが朝から晩までいて、それに僕も付き合って、何度も怒られたり、何度も褒められたりして思い出がたくさんあるもん」
しばらくの静寂が工場を包み、私を包んでいった。
「佐藤さん、私、旋盤がしてみたいんですけど」
ふいに出た言葉は私の意思なのか、この場の意思なのか。それはどちらかわからなかったけど、自然と口から出ていた。
「え?」
佐藤さんはかなりびっくりした様子だった。そりゃそうだろう急に女子高生が「旋盤をやりたい」なんて言うわけない。
「やってみたらいいんじゃないかい?」
私は否定されると思った。危ないからやめときなとか油で汚れるよとかそういう優しい言葉を言われるのかと思っていた。
「だって昭一郎さんと同じ目をしていたもん。もう何を言っても聞かないでしょ?あおいちゃん」
佐藤さんは「ちょっと待っててね」というとおじいちゃんが使っていた旋盤台に近づき、左側にあるカバーのようなものを外した。
「ついこの間まで使っていたから動くには動くと思うんだけど・・・」
棚にしまい込んでいた工具箱の中から銀色の棒のようなものを取り出すと出てきたゴム製のベルトの真ん中に押し当てていた。
「あの・・・それは」
「これはテンションメーターってやつ。これでベルトの張りを見るんだよ。この部分で押すとほら、シリンダーみたいな部分が動くでしょ?その動いた数字がベルトの張りの目安なんだけど・・・」
「多分、少し緩いかな。昭一郎さんが病気になる前から少し音がでてたのが気になってたから案の定、緩んで滑ってるね」
「使えないんですか?」
「・・・多分そのままでも問題はないと思う。少しだけ動かすなら別にこのままでも行けるんだけど」
私はベルトを見つめ、手をギュっと握って佐藤さんに質問をした。
「おじいちゃんなら直しますよね」
「・・・そりゃあねぇ。仕事道具だし、何より旋盤の回転数に直接かかわる部分だから。きちんとした物を作るってことは道具もしっかりしてないといけない!ってあれほど言われたし」
佐藤さんは立ち上がるとテンションメーターを工具箱に仕舞った。
「私、これ直したいんですけど!」
おじいちゃんが直したのであれば私もそうする。というとても安直な考えだけであったけど、このままほっておくのも何だか旋盤台がかわいそうに感じてしまった。
「なるほどねぇ・・・」
佐藤さんは顎に手を当てて少し天井を見上げた。
「もしかして、直すのって高いんですか?」
「いや・・・そんなに高くはないよ。ベルトは消耗品だから。交換も簡単だし、物自体もそんなにしないけど・・・高校生には高いかも」
「いくらぐらいでしょうか?」
私が聞くとまた佐藤さんは顎に手を当てて考え始めてしまった。
「・・・知り合いにこういうのを直す仕事をやっている奴がいてさ、そいつに頼めば部品代、工賃込みで15000円ってとこだけど・・・5000円にしてもらおう」
と勝手に決めると私の返事も待たずにそそくさと電話を始めると外へ出ていった。
「5000円なら・・・まあ大丈夫」
おしゃれにも興味がなく、これと言って趣味みたいなものが無い私。今年貰ったお年玉は全額机の引き出しの中に残っていた。しばらくして電話が終わったのか佐藤さんは工場に戻ってきた。
「今忙しいみたいでね。来週中には来れるってさ。それで5000円なんだけど・・・」
「はい、払えると思います」
「いや、バイトしよう。バイト。あおいちゃんがバイトしてそれで稼いだお金で払おう!」
と言うと私の背中をバシバシと叩くこの感じ。なんだろう、おじいちゃんのと話している時と似たような感じがした。
「は、はあ・・・」
私はその日、コンビニに行くとバイトの情報誌を購入し、ついでにネットで近所のアルバイト募集を探し始めることになった。