しばらくして泣き止んだ俺の顔を優しくティッシュで拭いてくれた彼に、俺はまだ不貞腐れながら、
「何で俺のことを引き入れたの?」
と答え合わせがしたくて、ぶっきらぼうに尋ねた。
「君はまだ更生できると思ったからだよ」
彼はまた出会った時と同じような夢物語を話した。けれど、その眼差しには単なる夢ではなく目標として捉えているような真剣みがあった。
「君を引き入れる際に、君のことをよく知っておかないとと思って、プロフィールから犯罪履歴まで全部書いたものを読んだんだ。紙ベースにしたら、聖書並になったんだけどね。それを読んで、君をなんとなく知った時、僕は思ったんだ。『こいつはまだ救いようがあるお馬鹿さんだな』って」
「おいおい、馬鹿だと!?いい度胸してんじゃん。せいぜい今夜は和牛ステーキでもかっくらって、あの世で牛に『ご馳走様』でも言っとけよ」
と俺が馬鹿にして笑うと、少しムッとした表情をされた後で、柔らかく微笑まれた。
「今夜、目を閉じる際は気を付けた方がいい。永遠に開けられなくなるだろうからな」
こいつ……!!でも、ジョークの面白さは俺のが上だ。ふふん、と鼻を鳴らして、勝ち誇った顔した。
「俺の何処が馬鹿だって?頭の回転は俺のが早いみたいだけど」
「そうやって不器用にしか生きられなかったところだよ」
そう言われると、全てをぐちゃぐちゃに壊してしまいたくなった。俺がこうやって生きてるのはお前らのせいじゃないか。
「俺は悪くない!!環境が悪かっただけだ!!!……てか俺、悪くなくない?みんなみんな、俺に殺されて幸せそうだったよ。むしろ、俺のが被害者だね!」
と引き攣ったように口角を上げると、
「良いよ。無理して笑わないで」
と彼は腕を伸ばして俺の頭を撫でた。中学生の頃の自分に慰められてる気分になった。
「君は汚れを知らないままでいて」
願いのようにそう呟いた。
「え?」
過去の自分に会えたら、きっと俺はそいつを抱きしめて首を絞めて殺していただろう。でもそれが最大級の愛だって、俺自身ならわかってくれるだろうから。
「ふふっ、ご主人様は俺みたいに可愛いね♡」
と彼の頬を撫でた。彼はまた俺にキスされると思ったのか、少々身構えていた。俺自身が汚らしい存在に思えて仕方がなかった。
「……あ、ありがとう」
そう照れながらに感謝を述べる彼は、また俺の心の中をぐちゃぐちゃにする。首を絞めてやりたい。何で俺なんかに礼を。叩いて泣かせたい。俺なんかが触れてはいけない。色々の感情が混ざりに混ざって、何をしたらいいかわからなくなって、俺は目の前のテーブルに置いてあった珈琲を手に取って、彼へと差し出した。
「ご主人様、珈琲をどうぞ」
「……あ、ありがとう(?)」
その言葉は聞くと、俺はちょっぴり嬉しくなって、ソファに置いてあったクッションを叩いて、ふかふかにした後で、彼に座るよう促した。
「ご主人様、こちらにどうぞ」
「ふふっ、ありがとね!」
彼に優しい微笑みを向けられる度、俺の真っ黒な心の中に一番星のようなキラキラが貯まっていくような感覚がした。
「ご主人様、俺は何をしたらいい?」
「じゃあ、一緒に晩御飯でも作ろう」
そう言って、俺はキッチンまで連れてこられて、じゃがいもを四つぐらい持たされた。
「これを洗って皮剥いてくれる?」
そう言われて、シンクでじゃがいもを洗って、キッチンナイフを手に持つと、くるくるくるっとじゃがいもを回して、薄皮一枚で繋がるように皮を剥いていった。
「ピーラー使った方が……って君にはいらないか」
「ん?」
「驚く程、手先が器用だね。凄いよ、イル」
とひき肉を炒める手を止めて、彼は俺の腰に腕を回して俺を少し抱き寄せながら褒めてくれる。
「ふふっ、そうなの?俺、料理なんてしたことないんだけど」
「それでこんなに綺麗に皮を剥けるなんて、天才だよ」
そうベタ褒めされて、俺は気分が良くなって、鼻歌混じりにじゃがいもの皮を剥いていると、じゃがいもがヌルヌルしだして、手を滑らせて指を包丁で切ってしまった。
「痛っ!!」
「大丈夫?見して??」
俺は軽く指先の皮を切ってしまった親指を彼の方へと見せて、こんなの大丈夫だと言わんばかりに親指を立てていた。そんな親指に彼は唇で触れて、出ている血を軽く吸ってから、その傷口を舌で舐めた。その姿がちょっぴり色っぽい。
「……ん?」
「あ、ごめん。つい、おばあちゃん譲りの癖が……」
「ありがとう。何だか痛みが和らいだ気がするよ」
って彼に軽くキスでもしたかったが、俺は彼に触れちゃいけない気がして、柔らかく微笑むしかなかった。
彼が作ったひき肉の炒め物に俺が作ったマッシュポテトを乗せて、そこにフォークで模様を付けていく。彼が全部書いてくれた模様はパイそのもので美しかった。
「ねぇ、でっかいハート描いていい?俺達にとって初めての愛の共同作業なんだし!」
「変な言い方するなよ」
「え〜、俺は愛してるよぉ?ご主人様ぁ♡」
と甘えた声を出しながら彼にエアーでハグした。
「まあ、描いていいけど」
と彼は言いつつも、軽く肩を押されて距離を取られた。
「俺達の愛が永遠に続きますように!」
俺は願いを込めて、フォークで大きなハートを描いた。その後、その愛情パイはオーブンで二十分ほどじっくり焼かれて、美味しそうな匂いを放っていた。
「ふふっ、可愛くできたね!」
またキラキラした彼の微笑み。俺の心はこのパイのようにじんわりと温まっていく。何これ。こんな温かさ、知らない……。
「ご主人様、俺、そのパイ食べたくない……」
「え、、どうして?」
「食べたらなくなっちゃうじゃん。永遠に残しておきたいの」
「ふふっ、腐っちゃうよ?」
そう軽く笑われた。
「でも、食べたくない……」
「じゃあ、こうしようよ!」
と彼はパイを俺に持たせると、自分はスマホを取り出して、「はい、スマイル〜!」って。パシャリ!
「写真なんて久しぶりに撮られたんだけど、」
殺してしまった際に証拠が残らないように、今までなるべく写真を撮られないようにしていた。だからなのか、写真の中の俺は引き攣ったような変な作り笑いをしていて、それを見た瞬間、「ビジュわる!」って笑ってしまった。
「これで今日のことが永遠に写真として残るね!」
俺と一緒に楽しそうに笑う彼は、俺にとって初めての共犯者だった。
「……ご主人様、俺、お腹空いた!」
「シェパーズパイ、食べる?」
「うん!」
二人でパイを囲んで、「美味しいね」って言い合う。あぁ、この人をもっと愛したい。この人の顔がぐちゃぐちゃになるところが見たい。……そんな汚らしい俺はきっと死んだ方がいい。